<書評>『ネット右翼になった父』鈴木大介 著

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ネット右翼になった父

『ネット右翼になった父』

著者
鈴木, 大介, 1973-
出版社
講談社
ISBN
9784065308899
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『ネット右翼になった父』鈴木大介 著

[レビュアー] 石戸諭(記者・ノンフィクションライター)

◆分断を深化させぬヒント

 最近、三十代の私の周囲でも親世代の右傾化を嘆く声を聞くようになった。問題の嚆矢(こうし)となったのは間違いなく鈴木が二〇一九年に執筆し、本書冒頭に収録した記事である。「商業右翼コンテンツ」に熱中した鈴木の父は、晩年ネット右翼のような言葉を口にするようになった。右派メディアに父の思考を汚染されてしまったという嘆きと激しい怒り、家族が分断された悲しみを綴(つづ)った記事は、大きな反響を呼んだ。

 この記事を読んだ時、納得と同時に疑問もあった。私には右派メディア、右派文化人を取材してきた経験がある。彼らを駆動させているのは往々にして信念というより、朝日新聞的な“リベラル”“権威”に対する反発だった。のめり込む理由は案外薄い。知的で教養文化に親しんでいた彼の父も、ネトウヨになる理由はそこまで深くないのでは……。

 抱いた疑問は本書を読み氷解した。ポイントは、本書の基軸を話題となった記事の延長線上に置かなかったことにある。

 鈴木は一から父の人生を検証し、彼との間に生じた分断を考察する。辿(たど)り着いた分断の大きな要因、それは自身が抱えていた「『ネット右翼的なもの』や『弱者やジェンダーに対する無配慮で攻撃的な発言』に対する嫌悪感と、激しいアレルギー」にあった。

 ネトウヨ的な言葉を使っていた父に反論するばかりで、等身大の姿を見失っていったのは鈴木自身だった。父は晩年の生活で右派言論は触れてはいたものの、染まってはいなかったのだ。父にとって右派言論は、決定的に重要なものではなかったとも言える。本書は自らを見つめ直す過程を誠実に記したことで、右派論壇批判やネット言説批判にとどまらず、分断を深めないヒントを提示して見せた。

 言葉ばかりを過大に受け止め、その裏に存在している人間を見失う。それはプライベート空間だけでなく、私たちが日常的に直面するインターネット空間の日常でもある。何が分断を深化させるのか。彼の経験は公共的な問いを投げかけている。

(講談社現代新書・990円)

1973年生まれ。文筆業。著書『最貧困女子』『脳が壊れた』など。

◆もう1冊

秦正樹著『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』(中公新書)

中日新聞 東京新聞
2023年3月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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