有名プロデューサーによる鬼畜同然の性的虐待の数々 世界を動かしたスクープの裏側

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

その名を暴け

『その名を暴け』

著者
ジョディ・カンター [著]/ミーガン・トゥーイー [著]/古屋 美登里 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105071714
発売日
2020/07/30
価格
2,365円(税込)

書籍情報:openBD

細部にこだわった一級のドキュメント

[レビュアー] 石戸諭(記者・ノンフィクションライター)


映画界で「神」とも呼ばれた有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは、長年、女優や女性スタッフに権力を振りかざし、性的暴行を重ねてきた。(※画像はイメージ)

石戸諭・評「細部にこだわった一級のドキュメント」

映画界で「神」と呼ばれたハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラや性的暴行の事実を炙り出した二人の女性記者が、調査報道の軌跡を明かしたノンフィクション『その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―』が刊行。ジャーナリズムの精神や調査報道の困難さなど、本作の読みどころをノンフィクションライターの石戸諭さんが解説した。

 * * *

 優れたジャーナリズムとは何か。100人に聞けば100通りの答えが返ってきそうだが、さしあたり、事実を積み上げ、細部を仔細に記録することを条件から外す人はいないように思われる。本書はその条件を満たすジャーナリズムの仕事であり、伝統的なアメリカ・ノンフィクションのスタイルで書かれた一級のドキュメントだ。

 アメリカの、特に新聞記者が書く優れたノンフィクションは「余すところなく書く」ことに最大の特徴がある。本書もその例外ではない。大きなストーリーは、ニューヨーク・タイムズに所属するジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイーという2人のジャーナリストが、有名な映画プロデューサーで、ハリウッドで絶大な権力を持っていた――さらに言えば民主党政権を支持するリベラル派でもあった――ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力疑惑を暴くことである。

 よく知られているように、彼女たちが掴んだ事実は、やがて一本のスクープに結実する。「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ 性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」。公開された記事は、世界的なムーブメントとなった「#MeToo」に火をつけることになっていく。ワインスタインは失墜し、他にも立場や地位を利用し、男性が女性に対し性的関係を強要する事例が世界中で暴かれることになった――。そこだけを強調すればいかにも「社会を変えた華々しいスクープ」の物語であり、非常にヒロイックで美しい記者たちの物語、で終わってしまう。だが、彼女たちが「余すところなく」描くのは、成功の物語ではない。

 ジャーナリズムの世界で大事なのは、大きなストーリーを成立させるための細部にある。先に華々しい、と書いたが、多くの新聞記者がそうであるように彼女たちもスクープを世に出すまでに、膨大な無駄な時間を過ごす。糸口をつかめず、取材に協力的な証言者も見つからず、重要な証言を裏付ける確証が得られない……。そして、ワインスタインはあらゆる手段をつかってスクープが世にでるのを止めようとする。一本のスクープは、パズルのピースのように一つ一つの断片を集めることで完成する。彼女たちは、多くのピースがどのように集められたかを仔細に記録し、「余すところなく書く」ことに執着する。

 印象的なのは、ワインスタインの元アシスタントを探し出すシーンだ。元アシスタントが例えばフェイスブックをやっていれば話が早いのだが、インターネット上になんの手がかりもない。ミーガンはようやく彼女の母親が住む家を割り出し、インターホンを鳴らす。これも多くの記者が経験するように、「自分が他人の静かな生活へ押し入っていくような」感覚を味わいながら、である。そこにいたのは、母親ではなく元アシスタント本人だった。彼女はワインスタイン側と労働紛争に関する合意書があるとだけ告げた。だがミーガンは、彼女が言葉にしていない部分にこそ「本当の意味がある」と直感し、ここから粘る。

 適当な話をしながら、相手の警戒心を解き、携帯の番号を入手する。元アシスタントが弁護士から「『タイムズ』に話すな」と言われた、と連絡を受けてもミーガンは明るい声で「いまはまだ最終的な決断を下さないで」と言う。取材を効率だけで考えれば、ここで諦めたほうがいいだろう。しかし、誠実に関係性を維持することで、結果的にミーガンたちは事実を集めることに成功する。ここにあるのは華々しさとはまったく無縁な世界である。

『ルポ 百田尚樹現象~愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)を刊行してから、いくつか受けたインタビューや対談の中で、私はこんなことを語っている。

 今、ノンフィクションを含む広い意味でのジャーナリズムは「オピニオン」全盛の時代で、あらゆる問題で主張をすることがうけている。だが、オピニオンはともすれば友と敵を分かち、政治的なスタンスが同じ仲間内で盛り上がるためだけの言葉になってしまう。気の利いたオピニオンを述べることは事実を積み上げるより、はるかに楽で無駄がないが、それだけでは書くものは弱くなっていく、と。

 彼女たちが繰り返したのは、あまりにも地味で、あまりにも無駄が多い取材だ。だが、積み上げた事実はあまりにも強い。時代とともにオピニオンはすぐに古びていくが、事実は時の流れに耐えていく。どんな主張を掲げるよりも、事実は社会を変えていく原動力になるのだから。事実の力を信じて、労を惜しまないこと。ジャーナリズムの原点を教えてくれる一冊が邦訳されたことを喜びたい。

新潮社 波
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加