「耳を傾けすぎる政府」も誕生 コロナ禍の“インフォデミック”

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コロナ危機の社会学 感染したのはウイルス か、不安か

『コロナ危機の社会学 感染したのはウイルス か、不安か』

著者
西田亮介 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784022516954
発売日
2020/07/20
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

「耳を傾けすぎる政府」も誕生 コロナ禍の“インフォデミック”

[レビュアー] 石戸諭(記者・ノンフィクションライター)

 新型コロナウイルスと過去のパンデミック(感染症の世界的流行)を分かつもの。それは「インフォデミック」の存在だろう。インフォメーションとエピ/パンデミックを掛け合わせた造語で、インターネットやSNSで繋がった世界では、「情報」の感染とも向き合う必要が出てきた。

 本書の長所は、公開情報を集めることで、数多の「イメージ」を覆した点にある。西田はインフォデミックに対し、ファクトで向き合ったと言えるだろう。

 度々指摘されてきたように、日本政府の初動は遅かったのか。答えは、否である。「概ね法律が定め、各種計画に則って、また事前の備えや訓練のとおり」に動いていた。つまり、初期対応は決して遅くはなかった。

 図らずも本書刊行後に突然の退陣を発表した安倍政権は、「国民の声」を無視する政府だったか。これも否だ。制度も歴史的な文脈も異なる他国の政策が部分的にフィーチャーされ、メディアを通して繰り返し伝えられた。結果、多すぎる情報により被害意識は広がり、日本政府は何もやっていない、後手に回っているという「イメージ」が膨らんだ。それを打ち消そうと「大胆な決定」「大胆な政策」が乱発された結果、「小規模」でも「後手」でもない支出が打ち出されることになった。

 本書は、メディア上で描かれる図式を覆し、安倍政権は「耳を傾けすぎる政府」だと指摘する。政治が国民の声に「耳を傾ける」、それ自体は批判されるべきことではない。問題は、テレビや、とりわけインターネットを通して可視化された「わかりやすい民意」に節操なく応えようとしたことだ。そこに体系的な思考や、政策的な一貫性はなく、新たなリスクが生まれる。

 場当たり的に発生する大きな声に反応する政府は、常に矛盾を抱える。例えば学生限定の給付金だ。困窮する学生を支援するのはいい。ではなぜ同世代で学生ではない困窮者は給付の対象から外れるのか。これで公平な政策と言えるのだろうか。

 私自身も自戒を込めて思う。「耳を傾けすぎる政府」が誕生した原因は無責任なメディアにもある、と。SNSの声をあたかも「国民の声」と誤解させるような報道、一部の声に過剰に反応する新聞やネットメディア、思いつきレベルの提案をあたかも解決策であるかのように叫ぶコメンテーター……。インフォデミックに対応できなかったメディアの責任は大きい。

 新しいリスクを明らかにした本書を読むこと。それは、次の流行への「備え」である。

新潮社 週刊新潮
2020年9月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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