特高警察が集めていた「便所の落書き」!? まるでSNS状態のNGワードを一挙公開

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戦前不敬発言大全

『戦前不敬発言大全』

著者
髙井ホアン [著]
出版社
パブリブ
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784908468353
発売日
2019/05/24
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特高警察の内部回覧誌に残された市井の「ホンネ」

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

〈俺も総理大臣にして見ろ、もっと上手にやって見せる〉。いかにも近所の居酒屋から聞こえてきそうだが、この発言、実は昭和十八年の「特高月報」に記録されているものの一部。「特高月報」とは、かの特高警察の内部回覧誌で、彼らは便所の落書きから子どもの替え歌にいたるまで、体制の脅威となり得るものをかたっぱしから弾圧するべく記録していた。皮肉にも「権力の監視」を通じて、市井の人びとのさまざまな「ホンネ」が残されているわけだ。

 本書は昭和十二年から十九年の記録を中心に、特高や憲兵隊から「不敬」とみなされた一般市民の発言等を集め、著者のコメントと共に紹介したもの。二〇一九年の発売以来、“現代の匿名掲示板やSNS上のつぶやきみたいで面白い”と口コミで評判を呼び、今年三月に重版となった。

「特高月報」はアクセス困難な秘蔵資料ではなく、少なくとも国会図書館にいけば誰でも閲覧可能な代物だ。ところがそんなものがあること自体、今を生きる私たちにはほとんど知られていない。「日本人とパラグアイ人のミックスである高井ホアンさんは、かねて“個人から見た戦争史”に興味を持ち、Twitter上で運営する『戦前の不敬・反戦発言bot』が大きな注目を集めていたんです。これは本にまとめておかないともったいないと思い、企画を提案しました」(担当編集のハマザキカク氏)

 ひとくちに「不敬」といっても罪状はさまざまで、息子の徴兵召集に文句をいった母親もいれば、親米的な発言をした農民も、天皇の写真を使って遺骨帰還のまねごとをした小学生もいる。その雑多なありようは「挙国一致」とは程遠い。

「デマや差別発言も多いし全部が頷けるものじゃない。でも、例えば〈生めよ殖せよ陛下の様に/下手な鉄砲数打ちゃあたる〉という落書きなんかユーモアが感じられますよね。保守にせよ共産主義にせよインテリの言葉は理論武装されているぶんテンプレに陥ってしまうこともあるけれど、こんなふうに笑えるネタとして提供されたものは自分の頭を使っている感じがある。“言論の自由”はそこから始まるんじゃないかと」(同)

新潮社 週刊新潮
2023年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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