代用教員の青年が夭逝するまでの短い青春を描く
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「給与」です
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「四里の道は長かった」で始まる田山花袋の『田舎教師』(明治四十二年刊)は、明治後期、埼玉県の羽生在の小学校で代用教員となった青年が失意のなか肺病のため夭逝するまでの短い青春を描いている。
林清三という主人公は実在の青年をモデルにし、その日記を基に書かれている。
清三は向学心に燃えていたが、家が父親の事業の失敗で没落したため、上の学校に進めず、中学を卒業して教員となった。
代用教員の月給は十一円。当時としては普通。昔の貨幣価値を現在に換えるのは難しいが、盛りそばが二銭ほどの時代。十万から二十万円といったところか。
家は足利で裕福な呉服屋をしていたがいまは没落し行田で借家住まいをしている。父親は書画を売り歩いているが暮しは細々としたもの。母親の賃仕事でなんとかしのいでいる。
親は代用教員となった清三の給料を当てにしている。
初月給(とはいえまず半月ぶん)を貰った清三は休みの日に羽生から行田の家に帰り、そのなかから三円八十銭を母親に渡す。
母親はそれを押し戴くように受取り、まず神棚に供える。わが子の初月給がよほどうれしかったのだろう。
しかし、清三はその後、友人たちが上の学校へ進むのを見て次第に挫折感にとらわれてゆく。
そして肺を冒され、野に埋もれるように死んでゆく。
花袋はこの青年に同情して『田舎教師』を書いた。書き下ろしだったため、一冊は一円六十銭もした。