『悪口と幸せ』
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ナニ小説なのかわからない
[レビュアー] 姫野カオルコ(作家)
桃の花が咲くころに新刊が出る。ブックカバーは、桃の花の色に枝の色を混ぜたような色を基調にしている……のだが、ロマンチックな仕上がりではなく、見る人を不安にする仕上がりになっている。ふたりの子供だろうか、うっすらとシルエットが浮かび、ヘナヘナした模様で囲まれているのが不穏だし、あちこち焦げているのもきしょく悪い。なのに見つめてしまう。
このカバーの妙な甘みは、他人の悪口を聞くときに(言うのではなく)、人がおぼえるひそかな快感なのだろうか。新刊のタイトルは、『悪口と幸せ』。
火、文字、羅針盤、電気、車。人は徐々に便利なものを手にいれてきた。だが、「自分の正体がばれないところから、他人の悪口を言いふらす」という甘い悦楽は、悪魔からのプレゼントであろうという思いを根底に、この連作を仕上げた。
ある人間のことを、憎んでいるわけではなく、嫌いなわけでもなく、けれどどこかなにかがイヤ。これは人が人と接しているかぎりわく感情だ。歯のあいだに何かカスがはさまったような噛み切れない感情、いや、かんじょうというより「かんしょく」。これは他人と他人よりも、肉親間でこそわく。血がつながっているからこそやっかいだ。
ただし、こうしたやっかいなものを抱えていないのはありえないとしても、きわめて少ない家も、ちゃんと世の中にはあるわけで、「育ちがよい」とは、こういう家に育った人のことだと私は思うのである。名家とは、そんな家のことだと。
『悪口と幸せ』は百枚ほどの中編四作から成っている。登場人物の立場や職業は、王女であったり王妃であったり女優であったりモデルであったりするが、四作ともに、だれかがどこかに重なって出てくる連作である。
推理小説、恋愛小説、時代小説、青春小説、等々、分類できればいいのだが、ナニ小説と言えばいいのか、自分でもわからない。