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中江有里「私が選んだベスト5」
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』は滋賀が舞台。複数人の視点で描かれる成瀬あかりの言動が癖になる面白さ。中二の成瀬はいつも目標に向かって全速力だ。地元デパートの撤退を見届けるために夏休みを捧げ、漫才に目覚めM-1グランプリに挑戦する。「空気を読まない変わった子」と思われるかもしれない。しかし成瀬は空気を読まないのではなく、攪拌して新たな流れを作る存在だ。
最終話「ときめき江州音頭」だけ成瀬の視点となり、高三になった彼女の心の揺れがあらわれる。大学進学を機に地元を離れる同級生たち。成瀬も勉強に集中できずに思い悩む。人生という大きな山に、小さな足場を見つけて一歩一歩登るような日常。前に行くことを諦めなければきっと今より高みへたどり着ける。青春のまぶしさ、尊さが胸を突き抜けた。時代は成瀬のような新しい人類が引っ張っていくのだ。本作でデビューした著者のこれからに注目。
姫野カオルコ『悪口と幸せ』は細部に仕掛けがある。昭和、平成、令和と三時代の流行りの変遷と、人々のごく個人的なエピソード群が少しずつ繋がっていく連作集。少女時代夢中になったよみもの「王女アンナ」を大人になって再読する元子が語り部となる話は、妹・梨紗と比較された子供時代と「王女アンナ」の内容がクロスする。
時代と物語がミルフィーユのごとく重なり、エッシャーのだまし絵のように見る人によって同じ場面が全く違うものに見えてくる。度々問いかけられるルッキズム。若さや見た目に囚われてしまうのは人間の性なのか?
河合香織『母は死ねない』を読んで、三年前に亡くなった母を思い返した。娘のわたしを死の間際まで心配した理由がここにあった。
著者は出産の少し後に命の危機に陥った経験がある。本書に登場する母たちはDV被害者だったり、子を何らかの理由で失っていたり、それぞれが苦しみの中にあって、子のために「死ねない」と思う。
母性は神格化されがちだが、完璧な母はいない。生も死も思うようにはいかない。本書に登場する母たちは我が子に祈るような愛を抱いていた。
ソン・ウォンピョン『他人の家』。どこにでもあるのに、同じものはない。そんな「家」にまつわる短篇集。冒頭作「四月の雪」では離婚を決意した夫婦の元に北欧から旅行者が宿を求めてやってくる。以前登録した民泊アプリで募集していたのだ。客の前で仲睦まじい演技をするうちに、夫は妻とやり直せる気がしてくるが……。「家」と「他人」。どちらも外からは見えない内の世界に迫る。
林真理子『綴る女 評伝・宮尾登美子』は国民的作家・宮尾の生涯を、生前から知る著者ならではの視点で綴った一冊。本書とともに宮尾作品を再読したくなる。