自殺志願者が一転誘拐犯に……ネットの特定祭りのターゲットとされた恐怖を描く犯罪小説など4作品を紹介

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書籍情報:openBD

[本の森 ホラー・ミステリ]『禁断領域 イックンジュッキの棲む森』美原さつき/『四日間家族』川瀬七緒/『キツネ狩り』寺嶌曜

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 先日、本欄で増田俊也『猿と人間』を紹介したが、今回もまた霊長類に着目した小説を。美原さつきの『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作『禁断領域 イックンジュッキの棲む森』(宝島社)だ。舞台はアフリカのコンゴ。現地に道路を建設しようという米国企業の依頼で、大学院生の父堂季華を含む一行は、環境アセスメントを行うために現地に向かった。ボノボが生息するというその土地で、彼女たちは惨劇を目撃することになる。ヒョウが、そして人が惨殺されたのだ。伝説の妖怪イックンジュッキの仕業か?

 素敵な秘境冒険小説である。未知の生命体発見の可能性に胸を躍らせ、一方で、企業の論理と研究者の論理の衝突や研究者同士の確執に刺激を得る。もちろんジャングルやサバンナを旅する魅力にも満ちている(野生の食事も!)。しかもそこに、ある人物の隠された意図というミステリ的な趣向も盛り込まれているのだ。そうしたエンターテインメントを愉しみつつ、この小説は、人間とは何かを考えさせてくれる作品でもある。ぜひ御一読を。ちなみに同種のテーマについては、メフィスト賞を受賞した須藤古都離『ゴリラ裁判の日』も必読。言葉を操るゴリラが訴訟を起こす物語だ。

 川瀬七緒『四日間家族』(KADOKAWA)は、古びたバンの車内で会話する四人の描写から始まる。性別も年齢もバラバラな彼等は、ネットで知り合った自殺志願者だった。いよいよ自殺を決行しようと人気のない山の奥に来たのだが、彼等はそこで置き去りにされた赤ん坊を発見してしまう。このままだとこの子は死ぬ。いったん自殺を延期して赤子を保護した四人だったが、彼等はほどなくネット上に晒される。赤ん坊を連れ去った犯人として……。

 四人の個人情報が次々と暴露され、一過性の娯楽として無慈悲に消化されていく。ネット民たちによる“特定祭り”のターゲットとされた恐怖がたっぷりと味わえる一冊だ。だが、四人もやられっぱなしではない。それぞれの経験を活かして、反撃に転じるのだ。なにに対して/どうやって、にも工夫が凝らされているので、是非ともこの徹頭徹尾刺激的な一冊を堪能されたい。

 最後は駆け足で。寺嶌曜『キツネ狩り』(新潮社)は、“三年前の光景を見ることができる”という特殊能力を得た女性警察官の奮闘を描く新潮ミステリー大賞受賞作。彼女の能力を活かした一家四人殺害事件のスリリングな捜査も素晴らしいのだが、その特殊能力以外は正統派の警察小説である点も嬉しい。もう一つ。宇佐美まこと『逆転のバラッド』(講談社)は、愛媛を舞台に還暦前後の男たち――銭湯や骨董屋の親父たちや新聞記者――が、知人の変死事件を契機に、悪い奴らと闘う物語だ。還暦男たちが自分の半生を振り返りつつ、さらにもうひと頑張りする。ちょっとした仕掛けもある痛快なクライム・ノヴェルとして強くお勧めする。

新潮社 小説新潮
2023年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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