バイク事故で婚約者と右目の視力を失った元女性刑事に生まれた能力とは…この春一番の傑作小説!

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キツネ狩り

『キツネ狩り』

著者
寺嶌 曜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103549710
発売日
2023/03/29
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

一気読み必至! デビュー作でこの春一番の傑作!!

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 現実にはありえない状況や現象を基にした事件の謎解きが描かれる特殊設定ものは、もはや日本ミステリーの主流といっても差し支えない。その特殊設定を地道な捜査が凌駕する新感覚警察小説と謳ったのが、第九回新潮ミステリー大賞を受賞した本作である。

 弓削拓海はN県最大の都市、登坂の警察署に勤めるベテラン警部補。やり手だが二年半前、半グレ相手に立ち回りを演じて右手を負傷、以来、政治家からの圧力や県警の指導にも従わず、署内で浮いた存在になっていた。一〇月のある日、彼はかつて刑事課にいた尾崎冴子から相談を受ける。尾崎は三年前、乗っていたバイクの自損事故で婚約者と右眼の視力を失い警務課に異動していた。

 待ち合わせたカフェには新任署長の深澤航軌も同席していた。尾崎と深澤は研修時代の先輩後輩で、仕事を離れれば通称で呼び合う仲。尾崎の話は突拍子もないものだった。一週間前、かつての事故現場を訪れたところ、フラッシュバックのような現象に襲われ、事故の再現映像を眼にしたというのだ。それ以来、彼女の右眼は三年前の光景を映すようになったのだと。

 してみると事故の真相究明がメインになるのかと思いきや、それはあっさりと片が付く。深澤は尾崎の能力が本物であることを確信するや、弓削と三人で「継続捜査支援室」を創設、尾崎の能力を隠しながら、まずは三年前に起きた未解決の一家四人殺害事件の再捜査に乗り出す。

 こちらが物語の本筋で、中盤を占める、一家四人殺しの再現から犯人追跡へと至るシーンがとにかく凄い迫力だ。何しろ犯人は尾崎にしか見えないのだし、その尾崎にしても手出しをすることは叶わないのである。異色の演出にしてスリリングの一言。活劇の妙は犯人像が明かされていく終盤まで途切れず、一気読み必至。惹句に偽りなし、デビュー作ながらこの春一番の傑作だ。

新潮社 週刊新潮
2023年4月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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