破滅的で、真っ直ぐで、憎めない男。そのだらしなさが共感を呼ぶ

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酔いどれクライマー 永田東一郎物語 80年代 ある東大生の輝き

『酔いどれクライマー 永田東一郎物語 80年代 ある東大生の輝き』

出版社
山と溪谷社
ISBN
9784635340427
発売日
2023/02/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

破滅的で、真っ直ぐで、憎めない男。そのだらしなさが共感を呼ぶ

[レビュアー] 水谷竹秀(ノンフィクションライター)

 無名の人物の評伝を世に出すには、書き手の取材力と筆力もさることながら、書きたいという思いが沸点に到達していなければならない。だが、それほど心を突き動かされる取材対象者に出会う機会は、人生でそう多くはない。そんな僥倖に、ノンフィクション作家である著者は、学生時代に巡り合っていた。

 本書の主人公でもあるその人物の名は、永田東一郎。東大スキー山岳部に在籍中、カラコルムのK7に隊長として初登頂した登山家である。といっても名だたる登山家が数多いる山の世界で、特に知名度が高いわけではなかった。そんな微妙な立ち位置のクライマーに、著者はなぜか惹かれてしまう。

 きっかけは著者が、東京都立上野高校の山岳部に入部した1970年代に遡る。その日、部室に幽霊のように現れた永田さんは、いわゆる「ダサい」風貌だった。ところが話し始めると自我の強さも相まったその不思議な魅力に、圧倒された。

 山に向き合う永田さんは、まさしく「輝ける人」だった。K7の成功からは一転、魂が抜けたように山を離れ、建築家を志す。だが、人間関係に悩んで職場を転々とし、独立を果たすも才能は日の目を見なかった。やがて酒に溺れ、友人に借金を重ね、妻からは離婚を突きつけられる。その破滅的とも言える晩年は、46歳という若さであっけなく幕を閉じる。私がかつてフィリピンで取材をした、若い女性に入れあげて無一文になる「困窮邦人」と呼ばれる男たちと、同じようなにおいがした。

 永田さんの死を著者が知ったのは同窓生と飲んだ時のことで、すでに12年が経過していた。

 その空白期間を埋め合わせるかのように、著者は永田さんの前妻や山岳部の仲間、かつての同僚ら関係者100人以上の声を拾い、それぞれの時代背景とともに、その人物像をユーモラスに浮かび上がらせていく。一貫しているのは、忖度せずに思ったことをズバズバ言う、彼の不器用さだ。空気を読めないその真っ直ぐさが歯痒いのだが、同時に憎めない人柄なのである。

 人は多かれ少なかれ、他人の弱さやだらしなさ、あるいは恥部に苦笑しながらも、心のどこかでは共感し、安心感すら覚えてしまう。SNSが自分を美化するツールに使われ、言いたいことも言えない閉塞感が漂う中、「酔いどれクライマー」のような生き様に触れると、ふと心が楽になる。飾らず、ありのままの自分でいいのではないか。本書を閉じた時に、そう問いかけられているような気がした。

新潮社 週刊新潮
2023年6月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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