『反戦平和の詩画人 四國五郎』四國光著(藤原書店)

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反戦平和の詩画人 四國五郎

『反戦平和の詩画人 四國五郎』

著者
四國 光 [著]
出版社
藤原書店
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784865783872
発売日
2023/05/29
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『反戦平和の詩画人 四國五郎』四國光著(藤原書店)

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

原爆憎み 描き続けた父

 ――戦争を起こす人間に対して、本気で怒れ。

 癇癪(かんしゃく)をおこす幼子に、父は真剣に諭した。父とは広島の画家四國五郎、息子は著者である光。光を支える姉の美絵。家族による合作といえる本書は、ヒロシマの戦後を真っ向から問い直す評伝だ。

 四國五郎が亡くなって九年、その再評価が国内外で進む。四國といえば「母子像」。原爆そして戦争への怒りをテーマにしながら、描くのは悲惨の対極にある温(ぬく)もりや奪われたものへの哀惜。『おこりじぞう』の挿絵が有名だ。海外の大学は四國作品を平和教材として活用する。

 幼いころから卓越した絵の才能で周囲を驚かせた。20歳で出征、3年余の苛烈なシベリア抑留も、密(ひそ)かに絵を描くことで正気を保った。帰国して最愛の弟直(なお)登(と)の被爆死を知り、決意する。「祈るだけでは平和は来ない」「死んだ人のために描こう」。GHQの占領下から峠三吉らと絵画と詩で反戦を訴えた。バンクシーのように街角にゲリラ的に反戦の絵を掲げて弾圧に抗(あらが)った。のちに広島の財産となる「市民が描いた原爆の絵」の活動では、人々に説いた。描くことが難しければ、言葉を足そう。形式は問わない。伝えたい、その願いこそがすべての原点と信じた。

 自らは被爆していないこと、絵の専門教育を受けていないことで中傷もされた。反論はせず、ただ描き続けた。思想に拘泥せず「手で思考」し続けた。自分の絵は平和のため。画廊には生涯一枚の絵も売らなかった。

 晩年、認知の病を患う。光はこれまで伏せてきた変貌(へんぼう)する父の姿、家族の辛(つら)い介護や後悔まで余す所なく綴(つづ)る。癒えかけた傷口に自ら刃(やいば)を突きさすように。かくして四國五郎の足跡は本書に完全なかたちで刻まれた。父と子の営みに、無常を生きる人間の哀(かな)しみと強さを見る。

 世界は再び戦争の時代を迎えた。G7サミットの嵐が吹き荒れた広島の地に、深く静かに記憶の錘(おもり)を下ろす一冊である。

読売新聞
2023年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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