『基地国家の誕生 朝鮮戦争と日本・アメリカ』南基正著

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『基地国家の誕生 朝鮮戦争と日本・アメリカ』南基正著

[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)

「核の傘」平和のジレンマ

 その昔、近所のおじさんが「朝鮮戦争のお陰で工場が復活した」と嬉(うれ)しそうに語る姿を覚えている。日本人にとって朝鮮戦争は経済特需という視点でのみ語られがちな「他国の戦争」だ。しかし現実は全く異なる。

 武器生産で日本国内大小の工場はフル稼働、国鉄は昼夜軍事物資を運び、日本の商船が一手に輸送を担った。民間船員らは上陸作戦に、旧海軍将校は掃海任務に動員され、戦闘機は日本の基地から発進、米軍基地は急拡大する。日本は「兵站(へいたん)基地」そして「前線基地」としても機能し、世界に類を見ない「基地国家」としての基盤が構築された。

 本書はそれを批判する「基地問題」の本ではない。休戦後、日本は米国と軍事同盟を結び「基地国家」の現実を包摂しながら「平和国家」を自任してきた。その国家的アイデンティティのジレンマを、左右両派、政治、メディアの分析を通して照射する。現実から目を背け「ユートピア的平和主義」にとどまった「戦後知識人」への批判を、むしろそのドグマ化を進行させ改訂を試みなかった後継世代の平和運動へと向ける。昨今の中露北との対峙(たいじ)構造は「新冷戦」の到来ではなく、日米韓の同盟復活つまり朝鮮戦争体制の復活・強化とみなす。尹政権と日本政府の波長の一致を、半島の平和が遠のく一因と論ずるくだりには著者の鈍い歯ぎしりを聞くようだ。

 私は広島の記者時代から原水爆禁止運動を取材してきた。核廃絶は人類共通の願いだ。しかし朝鮮戦争を機に開いた「核の傘」の下、それに代わる安全保障の選択肢を持てぬまま願いがスローガン化していく現実を目の当たりにした。本書には注意深く読むべき点もあるが、私たちの戦後の歩みに省察を促す材料を与えてくれる。

 2000年、東京大に提出された学位論文に加筆を重ね今回の出版となった。四半世紀前の問題提起がいまだ時宜性を失わない現実に逆説的な示唆がある。市村繁和訳。(東京堂出版、4950円)

読売新聞
2023年12月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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