コトより人間関係を重視しすぎてしまう…日本的「思考停止」を避けるために必要なスキルは?

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思考停止という病理

『思考停止という病理』

著者
榎本 博明 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784582860283
発売日
2023/05/17
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

コトより人間関係を重視しすぎてしまう…日本的「思考停止」を避けるために必要なスキルは?

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

日本人の礼儀正しさや従順さは、世界の人々から認められています。そして私たち日本人は、そういった側面を海外のメディアなどから称賛されると、少なからず誇らしい気持ちになったりもするでしょう。

思考停止という病理』(榎本博明 著、平凡社新書)の著者も同じで、そうした性質は美徳だと思っているそうです。しかしその反面、「少し認識を改める必要があるのではないか」と思わざるを得ないことも少なくないといいます。

私たちは、生まれ落ちた社会の文化にふさわしい人間につくられていく。これを社会化と言うが、日本に生まれれば日本人らしく自己主張を慎み、謙虚さを身につけ、相手を尊重し、思いやりをもって相手の気持ちを汲み取ろうとするようになるとともに、信頼すれば相手は必ずこちらの気持ちに応えてくれるはずと信じ、人を疑うのは失礼だといった感覚を身につけていく。(68ページより)

一方、アメリカに生まれれば、アメリカ人らしく説得力を磨き、堂々と自己主張し、なんでもはっきり口にするようになるかもしれません。また人を警戒し、自己責任において自分の身を守る姿勢を身につけていくことにもなるはず。

もちろんそれは環境の違いによるものでもありますし、一概にどちらがよいと決めつけられるようなものではありません。しかし日本人が騙されやすかったり、交渉時に相手のペースに巻き込まれやすかったりするのは、そうした性善説に立ち、「人を疑ってはいけない」「相手を信じるべきである」と心に刻まれていることに加え、「相手の期待を裏切りたくない」という心理が働いているためだというのです。

そしてそれは、企業に代表される組織においても顕著であるようです。

日本的組織の意思決定にありがちな思考停止

たとえば、会議の席で議題として出された案件についての説明を聴きながら、配布された資料を読んでいたとしましょう。そんなとき、わからないことについて素直に疑問を口にしたりすると、あるいは誰か他の人が追求したりすると、提案者はうまく説明できず、結果的に場の雰囲気が悪くなってしまったりすることもあり得ます。

また、意見のやりとりを聴きながら「どうも噛み合っていない」「双方の論点がずれている」などと感じたとき、議論を有効に進めようとの思いから、噛み合っていないことを指摘した結果、気まずい空気が流れてしまったということもあるでしょう。

そこでわかるのは、日本的組織は理屈で動いてるわけではなく、空気で動いているということだ。ゆえに、理屈で考えたらどうにも納得いかないおかしなことが、ごくふつうに起こっているのだ。(172ページより)

だとすれば、それは組織を健全に運営するうえでは致命的な欠点であるといわざるを得ません。他者の気持ちに気を使いすぎ、素直に意見の応酬ができず、いうべきことも口に出せないのでは、最終的に誤った結論に至ったとしてもおかしくないからです。いわばそれは、組織としての思考停止です。

では、そういった“空気による支配”を脱するためにはどうしたらいいのでしょうか?

このことについて著者は、組織風土を変革する必要性を説いています。そこでチェックすべきは、“属人思考”だそう。

属人思考とは、心理学者岡本浩一によれば、「事柄」についての認知処理の比重が軽く、「人」についての認知処理の比重が重い思考のことである。

たとえば、財務の健全性について検討したり、新規案件の収益見通しやリスクについて審議したりする際に、本来はその事案そのものについて検討したり議論したりすべきなのに、だれが責任者か、だれの提案か、だれの実績になるか、だれの落ち度になるかなど、人間関係に大きく左右されてしまう思考のことを指す。事案の評価に人間関係的な要素が入り込んでしまうのだ。(174ページより)

その結果、組織にとってリスクの大きい事案が可決されてしまったり、見過ごすべきでない事柄が黙認されたり、大きなチャンスとなりうる事案がつぶされたりするわけです。

問題は、人間関係が重視される日本社会においては、“気まずくなるのを避ける心理”が働くため、どんな組織にも属人思考がついてまわること。そのせいで理屈抜きにものごとが決まる空気支配が行われ、組織全体が思考停止に陥ってしまうということです。したがって組織風土を改善するためには、各人が自分自身に染みついている属人思考に気づく必要があるのです。 (171ページより)

考える力を身につけるための知識・教養の吸収

しかも、そうした現実の諸問題は自分で考えなければ解決できないものでもあります。インターネット検索でどれだけ知識を詰め込んだとしても、それだけではどうにもならないのです。だからこそ、これからはさまざまな課題を解決できるように「思考力」を高めることが大切だと著者は述べています。

ここで今一度、知識と思考の関係をきちんと押さえておく必要がある。知識と思考を対立関係のようにみなす議論もあるが、知識が思考の邪魔になるというのは、まったく無思慮な誤解にすぎない。(194ページより)

たとえば、なんらかの問題について、その分野の専門家が解説している内容と、ネット上でまったくの素人がしている思いつきの解説とを比較したら、当然のことながら説得力があるのは前者です。

知識受容型の教育から主体的に学ぶ教育に転換すべきだというのはよいとしても、それは知識を吸収する姿勢を受け身でなく能動的にすべきだという意味に受け止めるべきだろう。与えられた知識を丸暗記するようなことはやめて、その意味をしっかり理解し、頭のなかを体系的に整理しながら知識を吸収していくのが望ましい。

知識を吸収することは、思考力を高めるにも必要なのである。(194ページより)

そのため、知識が乏しいほど思考力が高まるなどというような“おかしな幻想”は捨てるべき。私たちは、ともすると安易な方向に流されやすいもの。知識を軽視する風潮があるせいで、「知識など必要ない」と開きなおって知識・教養の吸収を避けることが可能になるわけです。

しかしそれでは、思考力を高めることなどできるはずもありません。幅広い知識を身につけることによって、なんらかの問題や課題に直面した際、頭のなかの多くの引き出しから、関係がありそうな知識をいくつか取り出し、さまざまな視点から検討して思考を深めることができるようになるのです。(192ページより)

さらに興味深いのは、著者がこのあと、読解力・思考力を高めるために読書習慣を高めることをすすめている点。納得できることが非常に多いだけに、本書のクライマックスであると解釈できます。いずれにしても、知らず知らずのうちに思考停止状態になってしまいがちな時代だからこそ、本書を通じて思考をリセットする必要はありそうです。

Source: 平凡社新書

メディアジーン lifehacker
2023年6月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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