<書評>『女たちが語る歴史(上)(下)』川田文子(かわた・ふみこ) 著

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女たちが語る歴史 上=北海道・東北・上信越他篇

『女たちが語る歴史 上=北海道・東北・上信越他篇』

著者
川田 文子 [著]
出版社
「戦争と性」編集室
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784902432275
発売日
2023/03/15
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

女たちが語る歴史 下巻=沖縄篇

『女たちが語る歴史 下巻=沖縄篇』

著者
川田 文子 [著]
出版社
「戦争と性」編集室
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784902432282
発売日
2023/03/15
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『女たちが語る歴史(上)(下)』川田文子(かわた・ふみこ) 著

[レビュアー] 北原みのり(作家)

◆過酷な生 繁栄の裏面史

 今年四月に七十九歳で亡くなられた川田文子さんの遺作となった本書は、一九七〇~八〇年代初頭、日本各地の村を訪ね、明治生まれの女に出会っていった川田さんの過去の三作品をまとめたものだ。

 聞かれることのなかった女の人生が、重厚な質感をもって蘇(よみがえ)る。それは過酷な労働者、切迫した生活者としてのものである。幼い身で無償の労働力として嫁ぎ、休む間もなく孕(はら)み、「死んでければいい」と念じながら子を産み、何人をも育て、出稼ぎから戻る夫に梅毒をうつされる者あれば、息子たちを兵隊に取られ、身が壊れるほどの激しい労働を生き抜いた貧しい女たちの生活。描かれるのは、一流の国の顔をし、他の国を侵略し、国土を広げ、女たちの性を踏みにじり「国史」を紡いでいった男たちが決して描かなかった「女たちが語る歴史」だ。

 川田さんが女たちの語りを聞く旅に出たのは高度成長期の最中、日本史上これまでになく女が専業主婦であることを求められた時代だった。公的空間から女を排除する日常から飛び出すように、川田さんは命を育む体を持つ女として、労働する生活者として、自身よりずっと年上の女たちの言葉を求め続けた。

 川田さんの旅は、そのまま日本軍「慰安婦」被害女性たちへの聞き取りにつながっていく。九二年、日本に暮らしていた宋神道(ソンシンド)さんの被害を、真っ先に聞きに行ったのは川田さんだった。性被害を聴くことを、多くの人は躊躇(ちゅうちょ)する。しかし、その躊躇は被害者に時に沈黙と諦めを強いるものでもある。そのことを、川田さんは女たちの語りの中で知ったのだ。女たちは聴かれることを、待っているのだと。

 聞かれなければ誰も語らない。語られないことは忘れられていくだろう。女たちの産みの苦しみ。子供たちが寝静まった後に焚火(たきび)のわずかな灯(あか)りのもと、指の感覚を頼りに苧(お)を績(う)む時間。刺すように冷たい春の海に潜る臨月を迎えた海女の意地。そんな無数の女たちの強い横顔がここにはある。読者は、川田さんが観(み)た女たちの歴史の新たな証人として、その声を聞くのだ。

(「戦争と性」編集室・各2420円)

1943~2023年。ノンフィクション作家。『ハルモニの唄』など。

◆もう一冊

『新版 赤瓦の家 朝鮮から来た従軍慰安婦』川田文子著(高文研)

中日新聞 東京新聞
2023年6月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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