『プーチン (原題)Putin:His Life and Times 上 生誕から大統領就任まで/下 テロから戦争の混迷まで』フィリップ・ショート著(白水社)
レビュー
『プーチン(上)』
- 著者
- フィリップ・ショート [著]/山形 浩生 [訳]/守岡 桜 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 社会科学/社会
- ISBN
- 9784560094976
- 発売日
- 2023/05/01
- 価格
- 4,950円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『プーチン(下)』
- 著者
- フィリップ・ショート [著]/山形 浩生 [訳]/守岡 桜 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 社会科学/社会
- ISBN
- 9784560094983
- 発売日
- 2023/06/02
- 価格
- 4,950円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『プーチン (原題)Putin:His Life and Times 上 生誕から大統領就任まで/下 テロから戦争の混迷まで』フィリップ・ショート著(白水社)
[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)
言動の一貫性と変化 観察
プーチン氏の理解は、いまや好む好まざるにかかわらず、世界史的な使命となった。老練な記者で伝記作家である英国人のショートは、この課題に8年の時間と1000頁(ページ)の紙幅をかけた。
著者の狙いは、プーチン氏の悪魔化でも免罪でもない。その人生と言動をたどり、真意とウソ、成功と失敗をよりわけ、背景を明らかにすることだ。
陰惨な独ソ戦の影のもとの生い立ち、素行の悪い少年期、ソ連国家保安委員会(KGB)での月並みなキャリア、レニングラードでの転生、首相から大統領に駆け上がる過程は、他でも語られてきた。対して本書の特色は、プーチン氏の言動がどう一貫し、変化してきたか、内在的に理解するところにある。
KGBは確かにプーチン氏の人生に大きな影響を与えたが、それ以前に彼は内向的で目立たず、皮肉に満ち、友敵の分別と裏切りに敏感な人格を形成しており、それはKGBに適合した。
他方、氏の欧米に対する態度は揺れた。北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大への怒りはすでに1995年の発言に見てとれる。しかし本書は、その後のジグザグを丁寧に跡づける。
プーチン氏からすると、時に善意から、時に我慢を重ね、西側、とりわけ9・11同時テロ後の米国への協調を演じてきた。しかしそれは、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約破棄、イラク侵略、コソボ独立承認、ミサイル防衛システムの欧州配備、何よりNATO拡大などで裏切られた。西側に大国ロシアがロシアのまま受け入れられなかったという苦い思いは、2007年までには目に見える形になり、大統領3期目の12年以降は「仕返し」として燃え上がり、ウクライナ侵攻に行きつく。
「ロシア人たちはヨーロッパ人に見えるだけではない――本当にヨーロッパ人だ…だがなぜだか、彼らは頑固なまでにそれを拒否している」。ショートの観察は、プーチン後を見据えているようだ。
これは、もう一つの現代史でもある。賛否は分かれようが、一読に値する。山形浩生、守岡桜訳。