『時を追う者』
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目撃報告を書くように
[レビュアー] 佐々木譲(作家)
かつてわたしは、SF掌編として、アメリカの放送局が過去を実況中継するシステムを開発したという設定の作品を書いたことがある。そのシステムが最初に送られたのはイエス・キリストの処刑現場の丘の上であった、と。
カメラではなく、大がかりなシステムなので、作動させるためには、巨大予算と人員が必要となる。そのため、スポンサーのつきやすい「人気のある歴史的局面」しか中継できない。ちょっと気に入っているアイデアの作品。
とまれ、同業者の多くはそうだと思うが、このように「歴史」を目撃したい、その場を体験したい、という願望が、かなり偏執的に強いはずだ。そうした作家は、やがて自分が行ってみたい時代、行きたい土地を、取材旅行や資料渉猟(しょうりょう)の果てに、物語世界の舞台としてしまうことになる(大富豪なら、歴史テーマパークを作ってしまうだろうが)。
一九三〇年代・満州も、わたしが目撃したいと強く願ってきた時代と土地のひとつである。
わたしは主人公たちを、とある手段を使って一九三〇年代の満州へ送り込んだ。その意味で本作は、タイム・トラベルものSF小説に分類されるのだろう。ただ、わたしには、その主人公たちのその場での体験を、レポートを書くように小説化したのだ、と主張したい気分がある。
前述したような偏執的な作家たちは、大脳の中に過去実況中継システムを、じつは作り上げている。そのシステムは、歴史のごく小さな断片的事実から、あっておかしくはなかった現実を「復元・再現」する。歴史のとある一点から、「その後」の可能性の提示もしてくれる。
だから作家は、その作品を書き出したとき、その物語が実在したことを信じている。
本作のタイトルが『時を旅する者』ではなく『時を追う者』となっていることにも意味がある。読者には、最終章まで読めば、タイトルの意味に納得してもらえることと思う。