『時を追う者』
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太平洋戦争開戦を阻止せよ! 時を遡り、満州事変以前へ
[レビュアー] 若林踏(書評家)
主人公が対峙する相手が巨大であればあるほど、冒険活劇小説は輝きを放つ。佐々木譲『時を追う者』はまさにその好例だろう。本作で主人公達が挑む敵は、戦争の歴史そのものだからだ。
米軍の統治が続く一九四九年の東京から幕を開ける。陸軍中野学校出身の元破壊工作員である藤堂直樹は、暴行の現行犯で留置されていたが、突如現れた進駐軍憲兵隊に身柄を引き取られる。留置場から出た藤堂を待っていたのは、東京帝国大学の歴史学教授を務める守屋淳一郎と、理学部の和久田元教授だった。困惑する藤堂に対し、守屋と和久田は信じがたい話を提案する。満州事変が勃発する前の過去に戻り、太平洋戦争の開戦を阻止して欲しいというのだ。“百年戻し”と呼ばれる伝承が残る九州の筑紫山地内に、過去と現在を行き来できる洞穴がある。その穴を使って過去に戻り、戦争の元凶となった責任者達を抹殺する事で歴史を変えられる、という。
二〇一九年ごろより佐々木はSFの要素を取り入れた警察小説や冒険小説を手掛けるようになった。本作もその路線の一つで、時間遡行という手法によって、史実を基にした戦争冒険もののジャンルをよりスケールアップさせる事に佐々木は挑戦しているのだ。
時間という長大な存在に卑小な個人が戦いを挑む話である。藤堂は勤め先の同僚であった与志という男と、偶然出会った千秋という女性の二名を連れて過去を変える冒険へと旅立つ。与志も千秋も諜報や戦闘の素人ではあるが、唯一の仲間である彼らと連携しながら藤堂はミッションを達成しなければいけない。非力な個人が知恵を絞って大事を成そうとする構図に、滾るものを感じるのだ。長い歴史の流れの中では人間ひとりの生などちっぽけなものに過ぎない。だからこそ流れに抗い、戦おうとする者の姿は尊く、美しく見えるのだと、本作は訴えかける。