木曜ドラマ『ハヤブサ消防団』中村倫也さん主演で放送中! 池井戸潤さん初の”田園ミステリー”にあらためて本作での挑戦とドラマの見どころについて伺いました。

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ハヤブサ消防団

『ハヤブサ消防団』

著者
池井戸 潤 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718096
発売日
2022/09/05
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

木曜ドラマ『ハヤブサ消防団』中村倫也さん主演で放送中! 池井戸潤さん初の\"田園ミステリー\"にあらためて本作での挑戦とドラマの見どころについて伺いました。

「何しろ、ここはスーパーナチュラルな場所やでね」
都会の暮らしに疲れ、豊かな自然に囲まれた山村に移住したミステリー作家が、消防団への入団をきっかけに巻き込まれたのは、のどかな町を揺るがす一大事件。土地に宿る因縁と密かに進行する危機、その顛末(てんまつ)を人間の運命の不思議さと哀しさを軸に描き出した池井戸潤さん初の“田園ミステリー”『ハヤブサ消防団』(集英社刊)は、昨年9月の刊行以降、その大いなる新鮮さが話題になっています。そして、早くも連続ドラマ化が決定! 7月13日の放送開始を前に、東京都内の撮影スタジオを見学した池井戸さんに、あらためて本作での挑戦とドラマの見どころについて伺いました。

構成/大谷道子 撮影/大槻志穂

ハヤブサがリアルに立ち上がった

――順調に撮影が進んでいるドラマ『ハヤブサ消防団』(テレビ朝日系列・7月13日より毎週木曜夜9時放送)。 本日見学したのは、中村倫也さん演じる主人公・三馬太郎をはじめとする消防団の面々が夜な夜な集うハヤブサ地区唯一の居酒屋「△ (さんかく)」のスタジオセットでした。ご覧になって、いかがでしたか。

池井戸 まず、すごく大きくて立派な店になっていたので驚きました。小説『ハヤブサ消防団』の舞台である八百万(ヤオロズ)町は、僕が生まれ育った場所をモデルにしていますが、登場する場所や人物のディテールについては、いつもそんなに明確に見えているわけではないんです。ただ△については、たまに行っていた居酒屋のイメージが最初からハッキリと頭にあったので……。夫婦で切り盛りしているこぢんまりした店を思い浮かべていましたが、カウンターだけでなく広い座敷まであって、あれではとても2人では無理ですね(笑)。店員が3、4人は必要でしょう。
でも、いい雰囲気だったし、居酒屋のテーブルに置かれているメニューやお酒のラベル、壁の張り紙といった細部まで実によく作り込まれていて、さすがだなと。スタッフの皆さんの熱のこもった仕事ぶりが伝わりました。

――撮影していたのは、三馬を訪ねてハヤブサ地区にやってきた担当編集者・中山田洋 (山本耕史さん演)を迎えての宴会の場面。 三馬役の中村さんは、素朴な佇(たたず)まいが魅力的でしたね。

池井戸 中村さんは以前、僕の作品では『下町ロケット』(TBS系列、2015年放送)で帝国重工の若い技術者を演じてくださいましたが、今回は、本当に若い作家がそこにいるという感じでしたね。話し方もナチュラルで、ご本人から受ける印象そのままでした。

――作品に登場する〈ケイチャン〉(鶏肉の甘辛味噌煮込み)や〈アブラゲ〉(油揚げ)などのメニューも、テーブルの上に再現。藤本勘介役の満島真之介さん、徳田省吾役の岡部たかしさん、森野洋輔役の梶原善さん、宮原都夫役の橋本じゅんさん、山原賢作役の生瀬勝久さんと、消防団の面々が卓を囲んで勢揃いした様子は、壮観でした。

池井戸  昼間の撮影で、もちろん皆さん素面(しらふ)なのに、お酒が入ってすっかりできあがっている空気だったのはさすがですね(笑)。撮影が始まる前にも、スタジオ前のスペースで賑(にぎ)やかに歓談されていたのですが、その様子が本当に町の寄合いのようで、きっとチームワークのいい現場なのだろうなと感じました。
僕の作品には、とにかくおじさんがたくさん出てくるので、これまでのドラマや映画に登場したキャラクターと印象がかぶらないようにキャスティングするのは、きっと大変なことだったと思います。舞台出演経験が豊富な方々が多く、大声でガヤガヤ話していても、逆に声を潜めて会話していても一人一人の台詞(せりふ)がハッキリと聞き取れるのは、皆さんの力量なのだろうなと感じました。個人的には、コロナ禍に上演された舞台『大地(Social Distancing Version)』 (三谷幸喜作・演出、2020年)で拝見した山本耕史さんの演技が印象に残っていたので、お目にかかるのが楽しみでした。

――スタジオは居酒屋の場面のみで、あとのすべては八百万町ハヤブサ地区をイメージしたロケ地での撮影。 太郎が住む〈桜屋敷〉も素晴らしい建物が見つかったとのこと。 ワクワクします。

池井戸 プロデューサーからときどき「今、こんな感じです」というロケ地での動画が送られてきたのですが、それを見ると、消防団の活動の場面で可搬ポンプを持って中腰のまま走ったりしていて、大変だっただろうなと思いました。第一の殺人が明らかになる第1話は、山奥の滝まで行って撮影されるなど、頭が下がります。きっと力強く説得力のある映像になっていることと期待しています。
原作者にとって、スタジオ見学やロケ地の様子を知るというのは、どこかアトラクションを見に行くような感じです。頭の中で描いていた景色が 「ああ、こんなふうになったんだ」と。ですので、放送時はいつも純粋に、いち視聴者として楽しんでいます。

近影
「居酒屋さんかく」のセットにて。 池井戸さんが発見されたお酒の名前は「謝意六(シャイロック)」!

あえてゆるく、無駄を残した

――放送開始に先駆けて公開された予告映像は、のどかな町で突如起こった連続放火事件の不気味さ、謎の底知れなさを感じさせ、原作よりもサスペンス色を強めたという印象を受けました。

池井戸 どこかホラーっぽさも感じる前振りでしたね。「夏ドラマだからホラーなのかな?」とも思いましたが(笑)。でも、原作の小説の持ち味とも、それほどかけ離れてはいないかなと思います。

――作品の映像化はこれまでも数々経験されたわけですが、今回のドラマ「ハヤブサ消防団」の脚本をお読みになっての印象や手応えは。

池井戸 台本はまだ最終話までは読んでいないのですが、7、8話あたりまでの印象では、テレビ的な見せ場をきちんと作ってあるなという気がしました。 ネタバレになるので具体的にはお話しできませんが、原作にはないシチュエションを加えてみたり、何人かの登場人物の運命が変わってい……。とくに、ある出来事をきっかけにムードを一変させ、まるで世界が違ってしまったように見せているのは、映像ならではのやり方だと感じました。
原作の小説は、中盤くらいまで、わりとゆったりとしたペースで物語が進みます。町の風景の描写がゆるゆると綴られていて、読者の方はきっと「ああ、きっとのんびりした田舎の話なんだな」と思われるでしょう。それが、終盤になって突如ペースが変わり、タイトで畳みかけるような展開になる。 そのあたり、緩急が極端な構成になっているんです。

――それは、狙ってそのようにされたのですか? 八百万町、 ハヤブサ地区の人々に張り巡らされていた因縁が明らかになるラスト4章の怒濤の展開には、目を見張りましたが。

池井戸 狙ってというか、『ハヤブサ消防団』では、なんとなく”生”な感じを残したいと思っていたんです。もともと、田舎の風俗を書きたいというのが最初の目的だったこともあるし、プロットもなく、思いつくままに書き始めたという
実は『小説すばる』の連載を単行本化する際、今回はあまり書き直しをしませんでした。いつもは修正用の赤ボールペンが何本もなくなるくらい赤字を入れるのですが、今回はほとんどなし。本当は構成上、もう少しペース配分を考え直したほうがいい部分もあることはわかっていたのですが。

――あえて、そのままに。

池井戸 そうですね。 わかってはいるけれども、そこに手を入れてしまうと、小説がきれいにまとまりすぎてしまう。流れのままに書き進め、思いつくままに物語を転がして、最後はああいうふうに着地しました。凸凹(でこぼこ)はしているかもしれないけれど、その生っぽさは僕の今までの作品にはなかったものだし、それが一つの作品の特徴になるかなと。
こういう書き方は、今だからできたことだと思います。陶器でいえば、釉薬をかけずに、あるいは磨き上げる一歩手前で仕上げた感じ。完成度という点では、もしかしたら他の作品に一歩譲るかもしれませんが、田舎の雰囲気やそこに暮らす人たちの息遣いなど、直すことによって失われてしまう部分もけっこうあったと思うので、いい意味での”無駄”をあえて残したんです。

ロジックの筋が通っていればOK

――ドラマでは、そうした部分がどう活かされているかも見どころですね。

池井戸 もちろん、ドラマのほうではゆるい部分を全部カットして、構成を引き締め直すこともできます。 原作者としては、論理的におかしくなければOKというのが僕の基本的なスタンス。登場人物が「こんなことするわけない」と思われるような行動をとっていたりすればNGも出しますが、物語が自然に流れ、人物が描けていれば口出しはしません。……あ、今回は方言の使い方で、ちょっと指摘はさせてもらったかな? 岐阜の方言は地域によって異なるので、なかなか監が難しかったのでしょう。
今までのところはスムーズな脚本なので、この調子でラストまで突っ走ってもらえたらと思っています。でも、無理なく結末につなげるロジックをどう発明するのかは、なかなか難しいところだと思いますが……。 僕の場合は、書けることがあるうちはとにかく全部書いて、ラストシーンではもう書くことがなくなり、「あ、ここで終わりなんだ」と気づいた。そうして、自然に物語が終わりました。

――まず小説が生まれて、それが映像になって……。物語というものは、いつ、どこで完成するものなのか、考えてみると興味深いですね。

池井戸 永遠に完成はしないんじゃないでしょうか。小説もそうですが、きっと映像も 「これで完璧」という作品はほとんどないでしょう?  だから、新しいものが作れるのかもしれないですし。
もとは自分の作品なので、映像化されても「ああ、こんな視点があったのか」と発見することはあまりないのですが、他の作家の作品を原作としたドラマや映画を見ていて「へぇ」と感じることはときどきあります。 でも、その作家本人に電話をして「ドラマのあの部分、よくできてますね」と言ったら、「あそこはドラマのオリジナルなんだよ」と返されてガクッとくることもあったりして(笑)。

――同じストーリーを元にしても、どんな世界を立ち上げるかは作り手次第だということでしょうか。

池井戸 ドラマはドラマで、テレビの視者の方々の目線や期待というものがある。それについて僕が正確に把握できているかどうかは若干疑問ですが、ドラマを作っているスタッフの方々は熟知されているでしょうから、心配はしていません。 『ハヤブサ消防団』で楽しみなのは、終盤、小説とは違う展開になりそうな気があるところ。だから、小説すばるの読者の皆さんも、「小説を読んだからもう見なくていいや」ではなく(笑)。 小説で書かれた題材を、ドラマではどんなふうに料理されているんだろうかと、その違いをぜひ味わってほしい。一粒で二度おいしいエンタメとして、楽しんでいただきたいと思います。

――刊行後、物語の舞台と想定していた地元の方々からの反響はいかがでしたか。小説すばる連載中、町では掲載誌が回し読みされるほどの評判だったと伺いましたが。

池井戸 買っていただけたら、もっとよかったんですけどね(笑)。ドラマ化が決まった後、地元の書店からもたくさん注文が来たそうで、ありがたいことだと思っています。地元でも、ドラマ化を契機に町おこしの動きがあるとも聞きましたし、そちらの盛り上がりも楽しみです。

近影
撮影の様子を真剣な眼差しで見学される池井戸さん。

面白さ、それこそがエンタメの正義

――一方で、初の田園ミステリーに対する小説の読者の方からの反響は?

池井戸 池井戸にしては銀行や企業が登場しない珍しい作品だという声も聞きましたが、実は小説の作り自体は、いつもとそう違うわけではないんですよね。舞台は確かにちょっと異色ですが、サスペンスやミステリーの手法を使っているという面では同じですし。ただ、こうした設定の違いや、先ほど述べた、ゆったりとしたテンポ感の新しさが、この作品の副反応といえば副反応になっているのかもしれません。

――細かくご覧になっているんですね。

池井戸 エンターテインメント作品の感想としてもっともよくないのは、「よくわからなかった」。これは「面白くない」より悪いです。エンタメは、絶対的にわかりやすくなければならないというのが、僕の持論です。もちろん、よくわからないけど面白いと感じるような作品もあるとは思いますが、ただ、それが狙って書けるかというと、ちょっと難しい。『ハヤブサ消防団』は、あえて生のままで出してみましたが、それも、何か心に引っかかるようなものを書いてやろうと思っていたわけではなく、どう書いていいかわからないものを書き進めていった結果そうなった、という部分があります。
実際、次に出す予定の小説は、連載が終わった後にきちんと刈り込んで、構成的にも展開の濃淡を消して仕上げてありますし。本来は、それが正しいやり方でしょうね。いろんな意味で、ハヤブサ消防団』は特殊な作品だと思います。

――ドラマを見て再読すると、また感じるものが変わりそうな気もします。

池井戸 そうですね。小説の読者自体も、以前とは少しずつ変化してきている感じがあります。もっとも感じる傾向は、小説を、どこか教科書か参考書を読むような感覚で読んでいるのではないかということ。何か知識を得たり、学んだりするために読むものだと思っている方が増えているような気がするんです。
先ほども言ったように、エンタメは絶対的にわかりやすく、かつ面白くあるべきで、とくに何の役に立たなくてもいいし、もっと言えば存在しなくてもいいようなものではあります。が、 読んで面白がったり、夢中になれたりする時間自体は、すごく贅沢なんですよね。そういうことに気づかないで、どこそこに書かれた何が勉強になった、というような感想を持つ方が増えているんじゃないかと。

――つい「勉強」してしまうと。

池井戸 あと、感想として「池井戸作品といえば勧善懲悪」というのも多いんですが、それも何かの刷り込みだと思います。僕の小説は「勧善懲悪」ではないですよ。まあ、何を感じるかは読者の自由なので、作者としてはそれに対していちいち反論はしませんが……って、今、思い切りしてますよね(笑)。とにかく、うれしいのは、やはり読んで面白かった、いい時間を過ごしたと思っていただけることに尽きます。

近影
池井戸潤さん

「人でなし」だからAIに勝てる?

――作家の本音、いただきました。『ハヤブサ消防団』の中でも、三馬が《小説は「人」を書くものであり、故に人を書く作家は、人と会ったとき相手の心の在りようを読もうとする習性がある》《作家にとって一番の仕事は、人の本質を見極めることなのだ》など、作家としての視点の置きどころ、物語を書くことについての姿勢などについて語る場面があり、つい池井戸さんご自身の作家観、小説観と重ねて読んでいました。

池井戸 まあ、これらは一般論ですよね。珍しいことでも何でもなく、作家であれば普通に考えることで。そもそも、作家って、 人でなしが多いじゃないですか。

――立場上、とても頷(うなず)くことができませんが(笑)。

池井戸 今も現役で書き続けている人は、皆そうですよ(笑)。やっぱり、善人ではうまくいかないのか、ひと癖、ふた癖あるような人ばかりです。こう、何となく目つきが悪くて……。

――それが、人の本質を見極めようとする視線なのでは。 「ChatGPT」 などの生成AIが興隆し創作物が生み出されつつある時代ですが、そうした視線で小説を書くことは、AIにはまだまだ難しいのではないでしょうか。

池井戸 いや、きっとすぐに学習すると思いますよ。これからは、新人賞の応募規定に、「人間に限る」と入れるべきです(笑)。
作家のように、毒を吐いたり棘(とげ)のある発言をしたりするようないやらしさをAIが身につけたら、よりリアルに人間らしい小説が書けるんじゃないでしょうか。
そうしたら僕も、いずれはAIに小説を書いてもらって……いや、自分で書いておいて、何か言われたら「これはAIが書いたものだから、僕は悪くない」と言い訳するつもりです(笑)。

「小説すばる」2023年8月号転載

木曜ドラマ「ハヤブサ消防団」
【毎週木曜】よる9:00放送
出演 中村倫也 川口春奈
満島真之介 古川雄大 岡部たかし 麿赤兒
梶原善 橋本じゅん 山本耕史 生瀬勝久
脚本 香坂隆史  演出 常廣丈太/山本大輔  音楽 桶狭間ありさ
主題歌 ちゃんみな『命日』(NO LABEL MUSIC / WARNER MUSIC JAPAN)
制作協力 MMJ  制作 テレビ朝日

文芸ステーション
2023年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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