大奥のレズビアニズムに「胸と目頭が熱く」なる…春画を新しい観点からみた一冊

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春画の穴

『春画の穴』

著者
春画ール [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103551713
発売日
2023/06/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

読み解く秘訣は「挿絵本」――春画研究に新しい地平を開いた一書

[レビュアー] 鹿島茂(作家)

 春画研究を含めたポルノグラフィー研究は「ポルノは男のファンテジーである」とする前提に立って議論を進める点では一致しているが、その先は大きく二つの立場に分かれる。一つはファンテジーではあるがファンテジーもまた時代の思考的枠組みを反映しているから、枠組み研究としては役立つというもの。もう一つはファンテジーではあるが細部のすべてが捏造ではないから細部を積み重ねて研究すれば新しい視点の発見があり、時代の理解が進むという立場。

 本書は前者の立場を尊重しつつ、主として後者の立場に立つ研究といえる。

 後者に依拠した指摘でおもしろいのは、女性器をクローズアップで描く春画において注目すべきは腰巻の緋色であるというもの。周防地方では妊娠可能年齢の女性は赤色、四十から五十五歳は桃色、五十前後からは空色、腰が曲がるような年齢では白色、というように腰巻の色には年齢を表す記号的な意味もあったという。

 また、前者としては、春画は世界でも珍しく男女の性器をクローズアップで、しかも序列的(格付け的)に描いたグラフィックであるから、当時の人がどの性器を「上」とし、どの性器を「下」としたかという共同幻想が見て取れるという指摘が挙げられる。

 とはいえ、本書は折衷的研究ではなく春画研究に新しい地平を開いた一書と言っていい。画期性の一つはメタメッセージ解釈の新しさ。強姦図で男が醜く描かれているのは強姦はしてはいけないというメタメッセージであるとする考え方に対し、著者はそのメタメッセージに加えて「自分とは関係のない非道な行為を突き放して見ることのできる心性などが合わさり、強姦図を楽しむ隙間が生まれてきたのではないでしょうか」と春画をメタ・メタメッセージ的に読み解くべきであると主張している。しかし、最も画期的なのは、春画は独立絵画作品ではなくテクスト一体になって読まれるべきものであると再認識を迫った点だろう。たとえば大奥のレズビアニズムの春画に触発された疑問を解くカギを求めて資料を渉猟したあげく、奥女中同士のラブレターに行き当たった著者はこう記する。「こういった人々の営みを見つけた時、私は強烈なまでに胸と目頭が熱くなってしまうのです」。

 そう、春画は基本的に「挿絵本」なのであり、「テクスト+グラフィック」の総合性の中にこそ性の共同幻想を読み解くべきものなのである。新しい観点に立つ春画論。

新潮社 週刊新潮
2023年8月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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