『独裁者の料理人』
- 著者
- ヴィトルト・シャブウォフスキ [著]/芝田 文乃 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 歴史・地理/外国歴史
- ISBN
- 9784560094822
- 発売日
- 2023/04/01
- 価格
- 3,300円(税込)
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『独裁者の料理人 厨房から覗(のぞ)いた政権の舞台裏と食卓』ヴィトルト・シャブウォフスキ著(白水社)
[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)
強権5人 素顔映す一皿
独裁者だって人間だ、なんてことはわかっている。けれど美味(おい)しいものを食べ、友人と談笑しながら食後の飲み物を楽しむ傍ら、何千人もの人を迫害したり、裁判もなしに銃殺したりする。その心はどうなっているのだろう?
誰よりも側(そば)にいて、その体と心を養った料理人が語る独裁者の姿はとても興味深い。
イラク共和国のサダム・フセインは、「泥棒の魚スープ」と呼ばれるティクリート風スープを好んでいた。干しアンズとトマト、アーモンド入りのターメリックの利いた素朴な料理だ。
数十万人を殺したと言われるウガンダのイディ・アミンに仕えた天才的な料理人が作った、まるで生きているようなヤギの丸焼き。
アルバニアを世界から孤立させたエンヴェル・ホッジャが求めたのは母の味だった。
キューバのカストロは「うまい食べ物とは素朴な食べ物だ」と言う。
ポル・ポトの女性料理人は、彼の死後、夫人と一緒にチキンを焼き、彼が火葬された場所に持っていった。彼女が幼くしてクメール・ルージュに加わったのは、「全員に行き渡るだけの食べ物は十分にある」国、という美しい展望に心動かされてのこと。けれど信奉していたポル・ポトはカンボジアの人口の2~3割に当たるとも言われる餓死者や病死者を出した。
ポーランド出身のジャーナリストが4年をかけ、四つの大陸を巡り、たくさんの人々に会い、話を聞き、時に史実や記録と食い違う証言も聞いて本書を書き上げた。今も世界では49の国が独裁者に支配されているそうだ。もしかしたらその厨房(ちゅうぼう)を知ることから、世界平和は生まれるのかもしれない。
「私は彼の機嫌を直すことができたんだ。昼食の席に着くときはいらだっていても、席を立つ頃には機嫌よく、冗談を言うことさえあった。この方法で私が何人の命を救ったか、だれが知ろう」。芝田文乃訳。