”ただの日記”が小説のように面白い! ホラ吹き先輩、リスカ女子ら他者への「燃え殻」の眼差し

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ブルー ハワイ

『ブルー ハワイ』

著者
燃え殻 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103510147
発売日
2023/08/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「こう生きてしまった」に止まらない他者性を備えた「こう生きよう」

[レビュアー] 深田晃司(映画監督)

「まるで小説のように面白い」。それが、著者自身が「ただの日記」と作中で自己評価する『ブルー ハワイ』を読み始めての第一印象だった。

 エッセイ集の口火を切る花火のエピソードからいきなり引き込まれる。ある花火大会への身も蓋もない知人の感想から始まり、大掛かりな打ち上げ花火から家庭用花火を引き出しつつ、少年時代の思い出へと遡及して、何より読む者の想像力を巧みに喚起する構成は、凡庸な言い方ではあるが、優れた短編小説を読み終えたかのような充実した読後感をもたらした。

 エッセイより小説が偉い、と言いたいわけではない。井伏鱒二の『鯉』がそうであったように、随筆やエッセイ、日記文学と呼ばれるジャンルと、小説と呼ばれるジャンルの境界はいつだって曖昧だ(劇映画とドキュメンタリー映画の境界が実は曖昧であるのと似ている、と言ったらいかにも強引過ぎるだろうか)。

 どこまで日本語として普及しているのか心許ないが、「自照文学」というジャンルがある。明鏡国語辞典によれば「日記・随筆など、自己反省・自己観察の心から書かれた文学」である。この「自己反省」のあたりがことに日本っぽいのかも知れない。

 つまり、「こう生きるべし」ではなく「こう生きてしまった」という文学である、と自分は解釈している。

『ブルー ハワイ』においてもまた、どこを切っても「こう生きるべし」といった読者への啓蒙はなく、ただただ「こう生きてしまった」著者の人生の断片が綴られていて、時折「こう生きよう」が顔を見せる。それも、著者自身の強い決意というよりも、例えば親の介護のために東京から地方に戻り和食屋を始めた「知り合い」や、海外への留学を決めている「女将の娘」、ホラを吹いてばかりの「先輩」、あえてピークを作らないと語る「クリエイティブディレクター」、あるいは「笑顔を絶やさなかったが、リストカットの痕も絶やさない女の子」の姿を通して、それが仄見えるのだ。

 つまり、ここにあるのは、「自己反省・自己観察」に止まらない、より強固な「他者への眼差し」だ。時に冷やかで時に優しいその眼差しが生み出す多種多様な他者のイメージ、そこにある他者性こそが、この軽妙なエッセイ集をさらに「小説」的な何かへと接近させているのかも知れない。

 最後に。「目から血を流しながら」自作への批判意見をメモした著者の姿には共感しかなかった。燃え殻さんとハグしたいと思った。

新潮社 週刊新潮
2023年8月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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