『近代おんな列伝』
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37人の女性たちの苛烈な生涯が醸し出した、近代の濃密な空気
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
幕末、吉田松陰は下田沖に停泊する黒船に小舟で近づき、アメリカ行を直談判しようとした。密航の罪で野山獄に送られた松陰は、そこで高須久子というひとりの女性と出会う。野山獄における唯一の女囚だった久子は、松陰が獄から出る際に次のような句を詠んだという。
〈鴫立つてあと寂しさの夜明けかな〉
「鴫」とは松陰の字である「子義」。獄での二人の交流が偲ばれる一句だ。
本書では「政治を支えた女たち」「世界に飛躍した女たち」など6つのテーマごとに、37人の近代を生きた女性たちの苛烈な生涯が描かれる。
商人の娘でありながら山岡鉄舟の推挙で女官として宮中に入った経験を持ち、後に自由民権運動の闘士として男女同権を訴えた岸田俊子。福祉の概念がなかった時代に障碍者教育の普及に力を尽くした石井筆子……。
ときに置かれた環境を一人で飛び出し、ときにペンや言葉によって社会にもの申した「おんな」たちの小伝が照らし出すのは、男性の視点で描かれてきた「近代」の別の側面だ。
簡にして要を得る小伝をひとつ、ひとつと読んでいると、自由や自立を希求したその思いや苦悩を通して、近代という時代の濃密な空気が次第に充満してくるかのようだった。
表紙の甲斐荘楠音の「女人像」が印象的だ。これは〈西洋の文化と価値観が流れ込み、東洋のそれと混じり合った。日本における近代の、その混沌とした感じ〉が表現されているとして、表紙に使うことを著者自身が望んだものだそうである。
明治とは〈苦界に置かれた女性がファーストレディになる一方で、多くの娘たちが親によって当たり前のように身売りをされた時代〉だった。そのような時代において様々な形の越境を体現し、周囲を取り囲む閉塞をこじ開けようとした人々の群像。それを一個の作品として編み上げていく凛とした著者の筆致に惹きつけられる一冊だった。