『まちがえる脳』
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『まちがえる脳』櫻井芳雄著(岩波新書)
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
「失敗は成功のもと」の意味が、本書を読めばきっと変わる。ミスを反省し、やり方を改めれば成功につながる。これが普通の使い方だが、脳の研究をもとにした本書ではこうなる。人は、失敗を運命づけられているからこそ思わぬ成功のチャンスがあるのだ、と。
どういうことか。もはやどんな秀才だろうが、計算能力や記憶容量では人はAIに太刀打ちできない。というか、そもそも行動神経科学などが専門の著者によると、脳の神経回路であるニューロンは性能が不安定かつ非効率で、「電気製品の部品であったなら、返品必至の不良品」。だからこそコンピューターとは違って、ヒトはよく忘れ、計算違いもする。
しかし、ここに人間力がある。人は、思い出を変容させ、無数の記憶を組み合わせて物語を生み、新たな概念をつくる。エラーを気にせずアイデアを出すことで、コンピューターにはなし得ない斬新な創造をする、と本書は言う。「私、失敗しないので」と気張る必要はない。むしろ正解ばかり求めるのは人間のAI化で、創造力を育むチャンスを見失うことになりそうだ。
失敗の大半は淘汰(とうた)される運命とはいえ、ミスを恐れず挑戦する心を鼓舞する快著だ。