『顔に取り憑かれた脳』
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『顔に取り憑かれた脳』中野珠実著
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
見た目に一喜一憂のワケ
寄り目、流し目、ぎょろ目につぶらな瞳……。目がものをいうとの表現があるように、人の目の表情はとても豊かだ。それを可能にしているのは、人間の目が横長で白目の部分が大きいからだという。
この人類の目の特徴は、かつて敵から単独で身を守るためにはとても不利だったことを知っていただろうか。目の動きから外敵に行動を見破られてしまい、襲われる可能性が高まるからだ。
この不利さを一転させたのは、ヒトの目が〈社会的なシグナルの交信という新たな役割を持つようになった〉ためではないか、と認知神経科学者の著者は推定する。食うか食われるかの争いで、人々は目で合図をかわしあいながら静かに獣に近づき、集団でこれを仕とめた。この瞬間、外敵は獲物になった。顔を覆う体毛を減らし、動く眉を人類が獲得したこともシグナル交信に役に立った。
本書は、こうした人間ならではの顔の特色に注目し、ヒトの赤ちゃんはどのように他人の顔を認識するのか、目や鼻、口などパーツではどこに注目するのか、鏡に映った自分の姿への反応が動物とヒトではどう違うかなどについて、最新の脳研究や実験をもとに具体的にわかりやすく記述し、何度も目を見開かされた。
生後6か月の赤ちゃんはサルの顔を見分けることができる、「つらい時こそ笑顔」というアドバイスは実は逆効果、など思わず目が点になる指摘もあり、とても勉強になった。
ヒトは、他人の顔から感情を読み取るだけではなく、鏡や写真に映る自分の顔と比較し、一喜一憂する厄介な生き物だ。そして顔や表情の多様さや社会の風潮が美醜の序列をつくり、今や顔写真加工にとどまらず、美容整形をやめられない現代人が増えている。本書はその背景を脳のメカニズムから説明し、顔の裏に秘められたヒトの心に光を当てる。
顔を加工すれば、素顔のときにとらわれていた悩みからは解放されるが、それは加工によって目指した美の観念にとらわれることに等しい。顔に取り憑(つ)かれた脳は悩ましい表情をしているだろう。(講談社現代新書、1078円)