<書評>『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』辻野弥生 著

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福田村事件

『福田村事件』

著者
辻野 弥生 [著]/片岡 力 [編集]/杉原 修 [編集]
出版社
五月書房新社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784909542557
発売日
2023/06/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』辻野弥生 著

◆地道な検証と歴史的考察

 関東大震災時の朝鮮人への虐殺から百年。数ある出来事の中で、今大きな注目を集めるのが福田村事件である。事件の名を冠した森達也監督の映画のよりどころとなったのがこの本。旧版を全面的に加筆し、新版が生まれた。

 利根川の下流、茨城県に渡る手前の千葉県福田村、現在の野田市で事件は起きた。渡し場にやってきた(胎児を含む)十人が惨殺された。殺された人たちは朝鮮人ではない。香川県からの旅の集団。彼らは被差別部落で生まれ育ち、耕す田畑も少ない中、正露丸や湯の花などを商う行商で命をつないでいた。

 九死に一生を得て、故郷に戻った人の証言がある。青年団長は日本人だと思った。だが疑問だという声も。警察署の判断を待つ混乱の中、村人は蟻(あり)のように殺到する。一行を針金で縛り、ついにとび口を振り降ろし、頭から血の柱が噴き上がった。

 裁判記録からは驚くべきことが浮かび上がる。被告たちは、皇室への敬愛を述べ、国家を憂いて殺害を行ったと居直った。村をあげて見舞金が送られ、農繁期の手伝いが行われた。三年ほど後、大正天皇の死去に関連する恩赦で、全員が無罪放免。その後、村長になる人間も現れた。

 当時現場の周辺では、鉄道の敷設や醬油(しょうゆ)工場の建設のため、多くの朝鮮人が働いていた。村人にとって朝鮮人は決して未知の人間ではなかった。一九一〇年の韓国併合、一九一九年の三・一独立運動。富山の米騒動。植民地政策や民衆運動が事件の背景にあり、本書では地道な検証に加え、歴史的な考察も丁寧になされている。

 著者は地元の奇祭「どろんこ祭り」にも着目する。泥を投げ合い、やっちゃえ、やっちゃえのエネルギーが、よそ者に向けられたのではないかと補助線を引く。

 一方、被害者の側から声が上がらなかったのはなぜだろう。そこには部落差別の問題が深く横たわる。メディアの責任も大きい。事件はいまの時代とどう重なるのか。考えるべき課題は多く、大震災から一世紀の節目にあたり私たちの必読書となっている。

(五月書房新社・2200円)

1941年生まれ。フリーライター。郷土研究奨励賞「北野道彦賞」受賞。

◆もう一冊

『水平社宣言を読む』住井すゑ・福田雅子著(解放出版社)

中日新聞 東京新聞
2023年8月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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