ことばから受ける呪縛に気をつけて。仕事において「迷惑をかけるな」は聞き流したほうがいい

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聞いてはいけない

『聞いてはいけない』

著者
山本 直人 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784106110092
発売日
2023/08/18
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ことばから受ける呪縛に気をつけて。仕事において「迷惑をかけるな」は聞き流したほうがいい

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

仕事をしている以上、人間関係をめぐるトラブルはついてまわるもの。『聞いてはいけない:スルーしていい職場言葉』(山本直人 著、新潮新書)の著者は、多くの場合、その原因は「ことばのやりとり」だと述べています。

たしかに「いきなり殴られた」というようなケースは、普通の職場ではまずありえないこと。通常、仕事はことばのやりとりがあって進んでいくからです。そして、人と人との関係もことばによって築かれていくものでもあります。一方で、ことばが関係を不安定にすることもあるでしょう。

たとえば上司からの叱責、同僚からの皮肉、得意先からのクレームなどは、ストレスの原因となる可能性があります。対して、称賛や感謝、あるいは励ましのことばはモチベーションを高めてくれます。そう考えてみても、仕事においてことばの果たす役割の大きさがわかるはず。しかも誰もが多かれ少なかれ、そうしたことばからの影響を知らず知らずのうちに受けているのです。

前向きな気分にさせてくれる言葉であれば、その内容をよく覚えていることも多いようです。しかし、言葉によってネガティブな気持ちにさせられた場合は、その内容すら記憶の中で曖昧になることもあります。「なんだかモヤモヤする」といった原因をたどると、特定の言葉に行き着くこともあります。

本当は無視してもいいような言葉に影響されたり、流行り言葉に振り回されたりして消耗してしまう。そういうことをできる限り減らしていくためにも、言葉との付き合い方について、いま考える必要があるのではないでしょうか。(「はじめに」より)

そこで本書では、さまざまなことばについてその背景を分析しつつ、そうしたことばとの「つきあい方」について考えていこうとしているのです。その根底にあるのは、ことばに縛られたり、悩んだりすることから解放されてスッキリしてほしいという思いだそう。

きょうは第3章「呪縛の言葉から解放されよう」内の「『迷惑かけるな』が仕事を小さくする」に焦点を当ててみましょう。

唯一のアドバイスは「もっと迷惑かけろ」

著者が会社員だったころ、とてもていねいに仕事をする後輩がいたのだそうです。その仕事ぶりには安心感があり、どんなときにもきちんと仕上げてくれたのだとか。つまり仕事という面では十二分に「できる」わけですが、やがて気になることが出てきたといいます。

周囲の人から頼られるあまりに、段々と彼の仕事が増えていくのです。逆に言えば、周囲が徐々にラクをするようになっていく。しかし、そのことに互いに気づいているわけではありません。

しかも彼は、何か問題がありそうだと先手を打って準備をしたり、根回ししたりもします。これは素晴らしいことで、いわゆる「隠れたファインプレー」というわけです。(126〜127ページより)

だとすれば、たしかに仕事はスムーズに回ることでしょう。しかしその一方、彼が次第に疲れていくのがわかったというのです。体力はあるし健康上の問題にはならなくても、「新しいことに取り組む」ような気持ちが薄れていくわけです。

そこで、彼にこんなアドバイスをしました。

「仕事する時って、もっと、人に迷惑かけていいから」

こういうことを言われたことはなかったでしょうから、あまりピンと来ていないようだったので、説明をします。

「すべてきちんとしようとした上に先回りし過ぎると、いまのことだけで疲弊するから。自分ですべてしないで、人を動かした上で余力を持たないと、『次のこと』ができなくなるよ」(127ページより)

「次のこと」とは、将来に向けたプランを立案したり、そのための勉強をしたりすること。そういったことがないと、会社はずっと同じところにとどまり続けることになるため、前に進むためには重要視するべき。だから、そのために「迷惑をかけろ」という考え方です。

「いまするべきこと」がきちんと回っていくのは、やはり心地よいものです。各人が役割分担を守っていれば、たしかにビジネスは回っていきます。しかし、そこにこそ落とし穴があるというのです。(126ページより)

ことを起こせば迷惑はかかる

いささか揚げ足を取るようですが、仕事が「回る」という言葉はちょっと曲者だと思っています。というのも「回る」というのは同じところをグルグルと動く回転運動のイメージです。

いわゆるルーティンワークであれば、「回る」ことは大切です。郵便配達は決められたエリアの中で、日々正確に配達をおこないます。大学の授業であれば、決まった内容を所定の時間数おこなうことで単位を出します。(中略)

ところが仕事において新しいことをする際には、このグルグル回る動きから外に飛び出る必要があります。そうなると周囲に迷惑がかかります。(128〜129ページより)

たとえば人事部がより広汎な人材を獲得するため、新入社員の採用方法を変えたとします。海外大学出身者や外国人、さらにはキャリア採用の枠を広げるべく社員からの紹介を増やしたり、試験や面接の評価を他部署に頼んだりすれば、たしかに負担は増えます。

新規事業開発のために既存部署から社員を集めれば、社内はもちろん得意先からも反対されるかもしれません。経費削減のためにいろいろな出費を減らせば、納入業者にとっては痛手になります。

たしかに、こうしたことを「迷惑をかける」と表現することはできるでしょう。とはいえ、なにかことを起こそうとするなら、誰かの負担が生じるのは当たり前のことでもあります。

満員電車から降りるときには、人込みをかき分けなくては進めませんし、時にはドア際の人にいったんホームに降り立ってもらうこともあるでしょう。

その時に、声をかけたりして摩擦を回避することもあれば、時には強引に進むこともある。仕事で新たな事を起こすというのはこういうイメージです。(129〜130ページより)

もちろん強引に進むにしても、わざとぶつかったりしないなどの常識は欠かせません。しかし基本的に、多少なりとも迷惑はかかってしまうもの。「迷惑をかけない」を第一義にしていたら動かないことはたくさんありますし、仕事が競争である以上、それを気にしないと負けてしまう可能性もあるわけです。

そういう意味では、日ごろなにげなく使っている「迷惑かけるな」ということばが、いかに仕事を小さくしてしまうかを意識しておく必要もあるということです。(128ページより)

著者はコピーライターを経てマーケティングの研究を行い、その後は人事部門に異動しておもに人材開発の仕事に関わってきた人物。現在はマーケティングおよび人材育成のコンサルタント、青山学院大学経営学部マーケティング学科講師をされているそうです。

そうしたバックグラウンドに基づく本書は、ことばについて忘れがちな、けれど大切なことを再確認させてくれるはずです。

Source: 新潮新書

メディアジーン lifehacker
2023年8月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

メディアジーン

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