不妊治療を担う胚培養士の視点で描いた、小さな命の神秘

エッセイ

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受精卵ワールド

『受精卵ワールド』

著者
本山聖子 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334100223
発売日
2023/08/23
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

不妊治療と命の神秘

[レビュアー] 本山聖子(作家)

 我が子は、元「胚盤胞4AB」という受精卵だった。初めて写真を見たときは感動した。キラキラ輝いていて、丸くて、可愛くて。わずか1mmの卵。だけど、これはれっきとした命なのだと心が震えた。もちろんこの世界に生きる人すべてが元受精卵だった。そう思うと命の神秘を強く感じる。

 長年に及んだ不妊治療中、胚培養士さんの存在がずっと気になっていた。受精卵を作り、育て、守ってくれる人。どんな人たちで、どんなことを考えているのだろう―。その思いが、今作『受精卵ワールド』の原点となった。とはいえ、デビュー作『おっぱいエール』刊行から時間が空いてしまい、心底情けなく思っている。その間、地方への移住、人生最後と決めた体外受精での妊娠、寝たきり&入院続きの妊娠生活、帝王切開での出産、となかなかに濃い日々だった。産後も手足の関節が不自然に痛み、おかしいなと思っていたら、難病が判明。乳がんに続いて、またもや病を得た。ますます面白い人生になったなぁと思う半面、しばらくは筆が取れず落ち込んだ。でも、その間に読者の方々からお手紙が届いたり、書店員さんが本屋大賞に投票して下さっていたりと救われる出来事もあった。それに、担当編集者さんも小説宝石新人賞の先輩方も優しかった。育児のアドバイスを頂くこともあったし、「無名の私が、子供を保育園に預けて小説を書いてもいいのか」と心底悩んだときには、「書いて書いて書きまくって、その背中をお子さんにお見せなさい」と、バシッとおしりを叩いて下さった。大恩人の方から、死ぬほど美味しいゼリーが届いて、泣きながら食べたこともある。

 書く苦しみを知っている人たちは、愛情深く、とても温かい。後輩にも惜しみなくアドバイスを授け、共に生き残ろうと励ましてくれる。そのおかげでこの小説は完成した。どうか、誰かの心に優しく届きますようにと願うばかりだ。

 最後に……関係各位の皆さま、ネタと気力は揃っております。こんな私ですが、どうかどうか、書く仕事を下さい。

光文社 小説宝石
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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