産婦人科や不妊治療をテーマに描く……2023年を代表する医療小説2冊を紹介

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[本の森 医療・介護]藤ノ木優『あしたの名医 伊豆中周産期センター』/本山聖子『受精卵ワールド』

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 自分で解説を書いていて恐縮なのだが、良作なので紹介させてもらいたい。藤ノ木優『あしたの名医 伊豆中周産期センター』(新潮文庫)は、重要な主題を取り扱いつつも軽快なテンポで心地よく読ませてくれる、理想的な医療小説である。

 舞台となるのは天渓大学医学部附属伊豆中央病院だ。伊豆長岡にあるこの病院には産科救急が設置されている。ここに北条衛という若い医師が赴任してくる場面から物語は始まるのである。北条は腹腔鏡手術の分野で活躍したいという夢を持っていて、産科は門外漢に等しい。前任者が急に異動になったため、やむなく白羽の矢が立てられたのである。赴任早々北条は複数の帝王切開手術に臨むことになり、待ったなしで産科医としての修業の日々が始まる。

 この病院が多忙なのは、静岡県東部に産科救急を受け入れているところが他にないからで、地方医療の生々しい今が投影されている。北条が志望する最先端医療と泥臭い現場の対照的なありようなど、医療が現実に直面している問題がいくつも盛り込まれており重層的だ。新生児と母体を同時に扱う産科は、ぎりぎりの命の選択に迫られることもある。そうした緊迫した場面からはたまらないスリルが立ち上るのである。

 厳しさだけではなく、穏やかな日常も描かれる。伊豆は魚介類などの名物が存在する地でもあり、そうした美食に舌鼓を打つ医師たちの姿は和やかである。だからこそ命を救うために闘う場面との対比が利いていいのだ。緩急のつけ方、主人公の成長を通して医師のありようを問うていく構成など、どこをとっても文句がない。藤ノ木は前作『アンドクター 聖海病院患者相談室』(角川文庫)も良くて、期待の書き手である。この機会にぜひ。本作は間違いなく、今年を代表する医療小説である。

 産科の次は不妊治療で。本山聖子『受精卵ワールド』(光文社)の主人公・長谷川幸は、子供を望む人々のために働く胚培養士だ。多大な苦労を要する不妊治療の実態が彼女の視点から描かれる。

 胚培養士になったきっかけが、子供のころ望遠鏡が欲しかったのに、間違って顕微鏡を買い与えられてしまったこと、というのがおもしろい。その顕微鏡から見る世界に魅了されて、長谷川は卵子と精子を扱う職業に就いたのである。医療小説の定石通り、職場には吐いてはならない暴言を吐いてしまう後輩・桐山や変人だが気になる存在の花岡医師など、個性的な面々が揃っている。人間関係を構築するのが苦手な長谷川も、その中で少しずつ前へ進んでいくのだ。

 実は父親と血がつながっておらず、母親に精子を提供した男性は他にいる、という長谷川の個人的事情が物語を牽引する鉤になっている。実は家族について考える小説でもあり、惹きつけられる普遍性がある。

新潮社 小説新潮
2023年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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