化け物が存在する世界観 ミステリーを成立させ歌舞伎小説としても読ませる

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化け物が存在する世界観 ミステリーを成立させ歌舞伎小説としても読ませる

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 小説野性時代新人賞受賞のデビュー作にして日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞も受賞した蝉谷めぐ実の超話題作『化け者心中』が文庫化された。

 文政の江戸。人気の芝居小屋、中村座で役者たちが暗がりの中台本を読み合わせていたところ突然一人の首が落ちた。灯りをつけると首は消え失せており、役者の数は減っていない。どうやら鬼が誰かになりすましている模様。座元からその奇妙な謎の解明を依頼されたのは、稀代の女形と呼ばれながら、足を切断し引退した魚之助と、彼を手伝う心優しい鳥屋の藤九郎だ。二人は役者たちに聞き込みをしながら、互いの距離を縮めていく。

 鬼という化け物が存在する世界観の中でミステリーを成立させ、さらにはバディもの、歌舞伎小説としても楽しく読ませる。この夏刊行された続篇『化け者手本』(KADOKAWA)では二人が芝居小屋で起きた殺人事件の謎を追う姿を描きつつ、他人のプライベートに踏み込む“探偵”という存在や、実際の事件をフィクションとして消費することへの疑問を盛り込み、奥深い話となっている。

 江戸と歌舞伎とミステリーをかけあわせた作品でまず浮かぶのは、松井今朝子『非道、行ずべからず』(集英社文庫)。こちらも舞台は江戸の中村座。小屋が火事に見舞われ、焼け跡から見つかった衣裳行李の中には男の死体が。北町奉行所同心と見習いが調査を進める一方、中村座では名女形、沢之丞の後継問題が持ち上がる。小屋の関係者の複雑な人間模様や芸に対する思いが細やかに書き込まれて圧倒する。江戸歌舞伎をモチーフにした三部作の第一作である。

 近藤史恵『ねむりねずみ』(創元推理文庫)は現代を舞台にした歌舞伎ミステリー。芝居がはねた後、客席で女性の死体が発見される事件が発生する。大部屋役者の女形、瀬川小菊は調査にやってきた友人の探偵、今泉文吾に同行して、関係者に聞き込みを始めるのだが……。やがて浮かび上がってくる、ある人物の動機に驚く一作。こちらもシリーズ化している。

新潮社 週刊新潮
2023年9月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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