『ラットトラップ』
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ハードボイルドは死なない。書下ろし新作、忘れがたき遺作、そして埋もれた傑作も
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
人は死ぬ。どれだけ惜しんでも必ず死ぬ。私たちは今年、原りょうが逝った時、その想いを強くした。
思えば一九八八年四月、原りょうの『そして夜は甦る』(ハヤカワ文庫JA)が刊行された時、私たちは、紛れもなくレイモンド・チャンドラーの後裔が日本に現われたことに狂喜したものだった。それから三〇年、その原りょうも私立探偵沢崎シリーズ第五作『それまでの明日』を最後に世を去った。
その時の寂寥感を何と例えればよいだろうか。日本にも多くのハードボイルド作家がいる。だが、原の存在はそれほど大きかったと言ってよい。合掌。
が、その空白を埋めるようにまったくタイプは違うが滅法威勢のいい新たなハードボイルドシリーズが誕生した。堂場瞬一のジョー・スナイダーシリーズである。
一作目の『ピットフォール』(講談社文庫)に次いで、今回第二弾『ラットトラップ』が刊行された。事件は、平和と音楽の祭典ウッドストックで一人の少女が失踪することからはじまる。
事件を持ち込んできたのはジョーの若き助手・リズで、知り合いの少女が三日目の夜、会場で出会った男と姿を消したという。
とにかくこのシリーズ、第一作目から順番に読んでもらいたい。文庫書き下しでひっそりと刊行されていたせいか一作目はまったくの黙殺状態。私はあたかも自分のことのように悔しかった。是非ご一読を。
そして最後に紹介しておきたいのが、日系人探偵エドワード・タキが活躍する楢山芙二夫の『冬は罠をしかける』(新潮文庫、ノン・ポシェット)である。
タキはアメリカに移民した母を持ち、日米の歴史の中で辛酸をなめた人物でもある。
事件の結構やハードボイルドタッチも申し分ないが、作品の核は希望を持ってアメリカにやってきて、まるでその存在すらなかったかのように跡形もなく歴史の中に消えていった母親へのタキの想いである。
三者三様、是非、そのハードボイルドの精髄を味わっていただきたい。