『新古事記』
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原爆開発の舞台・ロスアラモス 「怪物の誕生」に立ち会う日系三世の妻
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
またも『古事記』の新訳? と思われそうだがそうではない。第二次世界大戦中、ひそかに原爆開発が進められていたアメリカ・ロスアラモスを舞台に、そうとは知らず「怪物の誕生」に立ち会ってしまう科学者の妻たちの物語だ。
巻末の謝辞に書かれているように、そうした妻たちの一人、フィリス・K・フィッシャーが書いた『ロスアラモスからヒロシマへ』という本を下敷きにしている。『新古事記』では日本人の祖父を持つ女性が主人公になり、夫たちが開発した原爆が、祖父の国を攻撃するという構図になる。
物理学者の恋人が遠い土地に行くことになって、主人公は行先も知らずに急遽、一緒に向かうことにする。到着したのはロスアラモスの、メサという砂漠の台地に作られた施設で、秘密の任務のために集められた物理学者とその家族、彼らを守る軍隊とが暮らす場所だった。科学者たちのリーダーは、映画でも話題のオッピーことオッペンハイマー博士だ。
標高の高いメサの周りには空しかない。インディオの村にも近いその場所は、旧約聖書の「天地創造」の風景や、祖父が祖母に教えた「日本の一番古い話」に出てくる場所にも似ていた。主人公は動物病院の受付として働くことになり、やがて恋人と結婚して子どもをみごもる。
存在しないことになっている居住地あての手紙はすべて私書箱が使われた。フィッシャーの本には両親にあてた手紙が多数使われ、小説にも手紙が挿入される。検閲をくぐり、ユーモアをまじえてできる限り事実を伝える手紙だ。
日常と非日常のコントラストがすごい。居住地の科学者たちは家族を帯同し、犬を飼い、戦争前とそれほど変わらない暮らしを営むが、仕事の内容は妻たちには一切、知らされない。神ではない人の子が、これまでの世界に存在しない大量殺戮兵器を生み出し、現実世界で使われたことをある日突然、知るのだ。