『関東大震災と民衆犯罪』
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<書評>『関東大震災と民衆犯罪 立件された一一四件の記録から』佐藤冬樹 著
[レビュアー] 加藤直樹(編集者、ライター)
◆実証的な分析で虐殺を解明
1923年9月、関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺について歴史学的な研究が始まったのは1950年代末のことだ。虐殺の背景には植民地支配が生んだ差別意識や抵抗運動への恐怖、警察による流言の拡大などがあったことはもはや常識だろう。だがその具体的な全貌は複雑であり、日時と場所によって様々(さまざま)だ。そこに接近していくには様々な角度からのアプローチが必要だろう。別の角度からの接近は、あの惨劇から学ぶべきことを別の角度から教えてくれる。
この本の著者は、これまでの研究の主流が「民衆犯罪」としての側面を十分に解明してこなかったのではないかと指摘する。民衆の主体的な責任を明らかにすることで初めて、虐殺の史実が「私たちの歴史」になるのではないかというのだ。
熱い思いと筆致のままに、しかし著者が駆使するのは本職である労働調査の手法を用いた実証的な定量分析だ。自警団裁判関連資料から加害者たちの年齢や階層、職種を解明し、新聞史料を補助線として「群衆犯罪」の担い手たちの意識を浮かび上がらせる。
こうした手法によって、これまで漠然と語られてきた虐殺者像が裏打ちされたり、逆に思いがけない結論が導き出されたりする。例えば東京近県で上から組織された自警団の主な担い手が定説の在郷軍人会ではなく消防組であること。震災前に頻発していた日本人労働者による朝鮮人労働者に対するヘイトクライムが虐殺を準備していたことなど。
著者は民衆による朝鮮人虐殺を、国家の後ろ盾を得た「原始的な復讐(ふくしゅう)心の発露」だったとする。それは無差別の民族抹殺=「エスノサイド」だったと。これはシンプルに「ジェノサイド」と呼び換えることができるだろう。
虐殺の実態解明について、本書がこれまでにないアプローチを行ったことは間違いない。だがこれもまた決定的なものではなく、同じ手法でまた違った光景も見えてきそうな気がする。著者自身が「今後の叩(たた)き台」と書いているが、これに続く研究を待ちたい。
(筑摩選書・1980円)
1959年生まれ。労働調査会社の経営者。著書『生き残る物流』など。
◆もう一冊
『それは丘の上から始まった』後藤周著、加藤直樹編集(ころから)。横浜での虐殺を追う。