『ラムズフェルドの人生訓』ドナルド・ラムズフェルド著

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『ラムズフェルドの人生訓』ドナルド・ラムズフェルド著

[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)

米政界生き抜く強い意志

 ドナルド・ラムズフェルドの名を聞いても若い人にはピンとこないかもしれない。世界中を震撼(しんかん)させた九・一一テロの後、G・W・ブッシュ政権の国防長官として対テロ戦争を主導した政治家である。アメリカの理念を世界に広めるためなら戦争をも辞さないという過激なネオコンのイメージが強いが、実業界でも大企業のCEOを長く務めるなど多彩な経歴を持つ人物である。

 本書はそのラムズフェルドが折々に集めてきた教訓や格言をまとめたものだ。20代から政治の世界に身を置いてきた彼は、幾人もの大統領に仕えた経験を基に、まずフォロワーシップについて徹底的に論じ、その上でリーダーのあるべき姿を説いている。

 人材登用、危機管理、メディア対応など様々な角度からなるラムズフェルドの人生訓は、仕事にすぐに使える単純なものではない。それらの多くは政治の世界における不確実性や複雑さを反映したものであり、時に矛盾する教訓も含まれる。だが、官民を問わず、巨大組織を率いるリーダーがいかに振る舞うかについて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)するワシントン政界を生き抜いてきた彼が語る内容は実に示唆に富む。

 本書は回顧録ではないため、イラク戦争について正面から語られることはない。だが、この戦争での失敗は、確実に彼の人生訓にも影を落としている。「戦争というものは、どういう始まり方をしても最後は泥沼になる。戦い抜くしかない。あっと驚く方策もなければ楽な近道もない」という格言は、イラク戦争における彼の経験そのものだろうし、今日のウクライナ戦争にも通じるものがあろう。

 ラムズフェルドは、政治における意志の力を何より信じた政治家であった。表面的な格言や処世訓をいくら学んでも真のリーダーシップは身につかない。人生に必要なのは、「知性という悲観的性格と意志という楽天的性格」だという教訓は、本書のモチーフであるのみならず、彼の生涯そのものを体現するものといえよう。井口耕二訳。(オデッセイコミュニケーションズ、2750円)

読売新聞
2023年10月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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