『あのとき売った本、売れた本』
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かまぼこ板の日々
[レビュアー] 小出和代
私がひよっこ書店員だった頃、正月が近づくと先輩たちから必ず「おせち料理にはかまぼこをお入れなさい」と指令が下った。縁起物がどうこうという話ではなく、お目当てはかまぼこの底を支える板の方。店でカバー用の紙を折るときに、このかまぼこ板が大いに活躍するのだ。
カバー折りはどこの書店でも日常業務だ。効率良く作るために、大抵は手近な固いものを利用して折り目を整える。ハサミの握り手だったりスタンプ台の角だったり、使うものは人によって様々だけれど、私が働いていた紀伊國屋書店新宿本店では、圧倒的にかまぼこ板だった。
握りやすく、持ち運びやすく、しまう場所にも困らない。使い続けるうちに角が磨(す)り減って、滑りが良くなればなお便利になる。先輩たちは正月に持ち込まれる新品のかまぼこ板より、二年物、三年物の使い込まれた板の方を好んだ。
「少し角が取れたくらいが、ちょうどいいんだよ」
「丸くなりすぎると、それはそれで物足りないものなんだ」
深い人生論に聞こえなくもないが、かまぼこ板の話である。
先輩たちの中でも特にカバー折りが上手い人は、一度に大量の紙を捌(さば)いた。重ねて折った紙を一枚ずつバラしていくときの速さときたら、まるでカードをシャッフルするマジシャンのよう。私もあんな匠になりたいと憧れて、毎日せっせと精進した。折り目をつける時の力加減や、紙を捲(めく)る時の指運びなど、小さなコツがたくさんあった。
そうして同じように軽快な音で紙を捌けるようになった頃、店ではあらかじめ機械で折ったカバーを仕入れるようになっていた。人力だけが頼りの時代では、もうないのだった。
大きな仕組みも、ささやかな作業も、思えば随分変わったなあと、来し方を振り返りつつ書き続けた連載が、この度一冊の本になります。『あのとき売った本、売れた本』、どうぞよろしくお願いします。
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小出和代(こいで・かずよ)
1994年から2019年まで紀伊國屋書店新宿本店で文芸書を担当した元書店員。現在は書評や解説など執筆活動を行う。