『をんごく』
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『をんごく』北沢陶著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
タイトルを一瞥(いちべつ)して読み始め、そのひらがな四文字の真の意味が明かされるクライマックスまで、本書の読者は今年一年を通して最上級の読書の愉悦を味わい得るとお約束する。
舞台は商都大阪・船場。関東大震災で被災し故郷に帰ってきた画家の壮一郎は、怪我(けが)で亡くなった妻倭子(しずこ)への未練を断ち切りがたく、巫女(みこ)に降霊を頼む。しかしなぜか上手(うま)くいかず、妻の霊は「行(い)んではらへんかもしれへん。なんや普通の霊と違(ちご)てはる」と警告を受ける。やがて壮一郎の身辺には倭子の気配が漂い始めるのだが、その不気味さに困惑しつつ過ごすうちに、巫女には「エリマキ」と呼ばれている(姿形は人に似た)化け物に出会う。現世で迷っている霊を喰(く)うというエリマキも、倭子の霊は「何かがおかしい」から喰うことができぬと言う。倭子の霊に何が起き、何が禍(わざわい)しているのか。エリマキと共に、壮一郎は謎を追いかける。
冒頭から生き生きとした船場言葉と、流れるような文章に魅了される。謎が解き明かされると、舞台がここであることの意味がぴたりと決まるのもまた素晴らしい。(KADOKAWA、1980円)