アメリカ現代文学の新世代作家が問う「あなたは何者ですか?」

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ピュウ

『ピュウ』

著者
キャサリン・レイシー [著]/井上 里 [訳]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784000245531
発売日
2023/09/01
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アメリカ現代文学の新世代作家が問う「あなたは何者ですか?」

[レビュアー] 乗代雄介(作家)

 小説を読み始める時、我々は無意識に「あなたは何者ですか?」という問いを携えている。人種、国籍、性別、年齢。このあたりはたいてい早々に判明し、さあ、これからこの人物に何が起きるのか、と小説に向かうことができる。しかし、語り手が「あなたは何者ですか?」という問いについて「口にするのも耳にするのも耐えがたい」と言明するならば、読者は立ち止まることを余儀なくされる。ピュウとは、そういう語り手に与えられた名前である。

 ピュウ(PEW)という言葉自体は教会の信者席を指し、そこで眠っていたのを発見されたことから名付けられた。面倒を見ることになったアメリカ南部の町の人々は、ほぼ何も語らないピュウを目にしてやりとりもしながら、人種、国籍、性別、年齢を判断できずにいる。そのため、読者は彼らの言葉からも、ピュウの肌の色や性別、若いらしい年齢も詳しく知ることはできない。

 そんな語り手の特性上、読者はピュウというより自分自身として、登場人物と向き合うことになる。心を開かせようとピュウが引き合わされる町の人々について、自分なら誰を気に入るかと考えたくなる。私は、自作の自然遊歩道にピュウを招くカーチャー氏に期待したが、「すごく物静かな方」と紹介されたのにやたらと語り始めて閉口した。でも、氏は自分より物静かな人間に恵まれなかっただけなのだ。話すべき相手がいなかったせいで言葉にならなかったことが、この世界には山ほどある。

 そのため、寡黙なピュウの助けになろうとする人々からは、戸惑いや苛つきや共感、差別までもがふいに顔を出す。ピュウは見て、聞いて、思う。その一週間が描かれる。

 ラストシーンで読者は煙に巻かれるかもしれない。しかし、無数の言葉を焚いたようなその煙が薄れる中で、しまい込んでいた問いがこちらを向いていることに気付くだろう。

「あなたは何者ですか?」

新潮社 週刊新潮
2023年10月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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