弓の名手を相棒に、巨大な狼と戦う 時代小説の面白さが詰め込まれた『奥州狼狩奉行始末』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

奥州狼狩奉行始末

『奥州狼狩奉行始末』

著者
東 圭一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414524
発売日
2023/11/15
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『奥州狼狩奉行始末』東圭一

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 日本全国でクマによる被害が連日報道された。環境省によると、今年度は2006年以降でもっとも被害が多かったそうだ。また、人間への直接的な被害だけではなく、クマや他の野生動物による農作物の被害も甚大である。人間Viewで見ると「野生動物による被害」なのだが、森林の豊かな生態系の一端を担っていた野生動物からすると、その生態系を崩したのは人間だろうということになる。

 第15回角川春樹小説賞受賞作『奥州狼狩奉行始末』(東圭一著/角川春樹事務所)は、奥州の北に位置する小藩を舞台として、引き受ける者がいなかった狼害から馬を守る狼狩奉行の役目を、病に伏す当主である兄の代わりに受けた岩泉亮介を主人公とした物語である。  

 馬産が盛んなことで知られる奥州は、人の戸籍はないが、馬の戸籍である馬籍は厳格に管理されていたほど馬を大切にしていた。しかし狼によって、そんな大切な馬、人命までも奪われるという事態が起こっていた。それを引き起こしているのは、巨大な狼・黒絞り率いる群れと囁かれており、亮介は黒絞りを追いかけることになる。

 盛岡藩の家老が代々書き綴ってきた政務日誌『盛岡藩雑書』には、狼による馬の被害の記録や、狼狩りに対する報奨金の記録があり、馬産地にとって、狼がやっかいな動物であったことは確かである。一方で、猪や鹿を追い払ってくれる益獣として、また火事や盗賊除けの守り神として信仰を集めてきた。奥州市もまた、古くから狼信仰が盛んな地域である。猟師ですら狼を駆除する狼狩奉行への協力を渋ったのはそれが大きな理由であろう。古くから自然と共に生きてきた、狼信仰が根づく奥州においては、狼害も人による環境破壊が原因であると考えられていたことが本書からも垣間見える。

 はじめて父の仇とされる黒絞りと対峙した亮介が、黒絞りの鋭い眼光や落ち着き払った佇まいと、人というものを恐れない行動に、畏怖の念を覚える場面がある。そして、こんな言葉を残している。

「人を人と思わぬあいつは、しかし仲間を大事にしているようでもあった。反して人はどうだ。狼害も人が自然を壊しているせいだとすれば悪いのはこちらではないか」

 狼狩りを遂行する過程で、三年前に転落死した父・源之進に関する新たな疑問が持ち上がり、亮介は狼による人的被害への疑いを抱くのだった。周囲の助けを借りながら、弓の名手で足軽の竜二を相棒に、黒絞り率いる狼の群れと戦う亮介。父の死の真相を追いかけるなかで、藩政の不正問題が浮かび上がってくる展開に、ページをめくる手を止めることができなかった。まさに、時代小説の面白さが詰め込まれた一冊だった。

 現代の人間社会の仕組みが、自然環境に過大な負荷をかけている現実と、人間と野生動物との共生について、いま一度しっかりと考えなければいけないのだろう。

新潮社 小説新潮
2024年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク