<書評>『酒井定吉(さだきち)とその時代 一共産主義者の星霜』酒井誠 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

酒井定吉とその時代

『酒井定吉とその時代』

著者
酒井誠 [著]
出版社
知道出版
ISBN
9784886643551
発売日
2024/01/16
価格
2,530円(税込)

<書評>『酒井定吉(さだきち)とその時代 一共産主義者の星霜』酒井誠 著

[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)

◆正史にない父子の軌跡

 一昨年、結党100年を迎えた日本共産党。その歴史と今日を論じた諸書の刊行が相次いだ。だが本書は、それらのどれとも異なる良書だ。評論でも研究でもない。酒井定吉の足跡を掘り起こした息子が、父の人生と自らの半生を問いながら書いた「生きられた社会主義」の20世紀史だ。

 1893年生まれの酒井は寺や製茶問屋の小僧をふりだしに労働者生活に入る。労働運動にのめりこんだ動機は自身の経歴書にあるとおりだ。「半封建的主従関係のもとに不正不義を常道とする資本主義道徳を強制され、虚偽と搾取に反抗的となる」

 治安維持法が制定された1925年、モスクワのクートヴェ(東方勤労者共産大学)に留学。幹部候補生の党員として帰国したが、3・15事件後の大弾圧で逮捕され、敗戦まで獄中15年を耐え抜いた。

 そんな父についての記憶はわずか10年ほどだと著者はいう。つまり父が地下活動から戻った55年から、こんどは著者が高校卒業後に、党の幹部候補生として中国に留学するまでだ。その背後には冷戦の激化から中ソ論争、文化大革命に至る社会主義陣営内の複雑な関係史が横たわる。

 本書のヤマ場は、50年にスターリンが武装闘争で権力を獲得する「中国の道」をとるよう、日本共産党に求めた後の経緯だ。同党は「極左冒険主義」の非公然活動に突入し、朝鮮戦争の後方攪乱(かくらん)や山村工作等で多くの党員が傷つき、犠牲になる。父は地下で後処理を担い、白鳥事件の関係者をはじめ家族の救援と支援活動に携わる。だが詳細は不明で、父は具体的な事実を「墓の中へ持っていった」。

 著者が話を聞けなかった理由は、日中両共産党の断絶による。そもそも中ソ対立がなければ、著者は父と同じモスクワへ留学するはずだった。それが中国に変わり、文革を支持して造反派と指弾され、父が忠誠を尽くしてきた党を除名される。それと親子の断絶が重なり、父の党葬に参列できない別れを強いられる。

 「父と息子の物語」(著者)は、党の正史と組織の欠落を埋める内容に満ちている。

(知道出版・2530円)

1947年生まれ。文革下、北京語言大学留学。対外文化交流協会理事長。

◆もう一冊

『日本共産党への提言 組織改革のすすめ』碓井敏正著(花伝社)

中日新聞 東京新聞
2024年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク