『頭上運搬を追って』
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そこに腰の曲がった老婆はいない
[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)
女性が頭上に大きな荷物を載せて運ぶ。そんなテーマで本が書けるのかと思っってしまったが、驚いたことに見事に成り立っている。そして、実に面白いのだ。
この頭上運搬という技法は、現在でもアフリカや中南米などで広く行われているが、日本でもつい最近まで存在していた。頭上に布や藁で作った輪を載せ、そこに水瓶や商品の入ったかごを置く。両手で荷を支えることはせず、せいぜい片手を添える程度。ただこれだけで、女性たちは数十キロもある荷物を、長距離運んでみせたというから、ちょっと信じがたいほどだ。
三砂ちづる『頭上運搬を追って 失われゆく身体技法』は、国内から消滅する寸前となっているこの技法の、最後の姿を描き出す。
本書で何度も繰り返し言及されるのが、頭上運搬を行う女性たちの美しさだ。ピタッとセンターが決まっていないと、すぐ荷物が落ちてしまうから、必然的にその立ち姿は一本芯の通ったものになる。ファッションモデルの訓練で、頭に本を載せて歩くのが定番になっているのも、なるほどと得心がゆく。頭上運搬が行われていた島では、老婆でも腰が曲がった者はいなかったというから、実に特異な、そして見事な光景だったことだろう。
自動車の普及や道路の整備により、離島などに僅かに残っていた頭上運搬もほぼ消滅した。女性たちは過酷な労働から解放されたが、その美しい立ち姿が幻となるのは、実に惜しくもある。本書はその貴重な記録だ。