科学の道を歩む者に訪れた、「人智を超える何か」による価値観の転換

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 「強く願えば、必ず願望は実現する」といった言葉を書籍や雑誌でよく見かける。それが絶望や苦しみの中にいる人を力づけることに異論はないが、この言葉は真実を語ってはいない。心に描いた夢に向かって、日々血の滲むような努力を続けても夢が叶わないことはある。残念ながら、それが現実だ。しかし、だからといって、夢を抱くことを否定しているわけではない。成功するか否かの結果とは関係なく、夢や希望、願いを胸に歩みを進めること自体に、私たちの人生の真の意味があると考えるからだ。

 人生において、「成功」は約束されていない。
 しかし、人生において「成長」は約束されている。どんな人にも、必ず、約束されている。だが、そこにはひとつだけ条件がある。それは、逆境やさまざまな困難を「成長の機会」と心に定めることである。その覚悟を深く定めて歩みを進めることができるなら、必ず逆境を乗り越え、一人の人間として、すばらしい成長を遂げることができる。

 こうした「価値観の転換」による問題解決は、私たちに与えられた叡智とも言える。オーストリア出身のアメリカの物理学者フリッチョフ・カプラが80年代初頭に発表した著書『ターニング・ポイント』は、35年経った今も決して色褪せない名著だ。本書は物理学、生物学、医学、心理学などあらゆる分野の知のパラダイム・シフトを語っているが、そうしたアカデミックな分野のみならず、私たちひとりひとりの心においても、価値観の転換が有効に働くことを教えてくれる。

 そうして、困難な出来事を「成長の機会」と捉えるとき、それが「与えられた機会」であるという感覚を抱くことがある。それは特定の宗教の神仏からではない。「人智を超える何か」「大いなる何か」としか言いようがないもの。私たち日本人がかつてよく口にした「お天道様が見ている」の「お天道様」に近いものかも知れない。誰もその正体を知ることなく、それでも日本人の生活に皮膚感覚として溶け込んでいた「何か」だ。

 34年前、まだ働き盛りの30代のころ、私は大きな病を得た。突然の余命宣告に、世界が崩れ落ちていくような絶望に襲われた。死の恐怖に苛まれ、救いを求めてたどり着いた禅寺で、禅師からある衝撃的な一言を受けるまで、私の「価値観の転換」は起こらなかった。しかし、そのたった一言で、人生の真の意味を知ることになった。
 以来、偶然とは思えない不思議な出来事が度々起こるようになった。そして、いつしかあの病も消えていった。
  原子力工学の専門家として科学の道を歩んできた私にとって、このようなことを明かすのは、覚悟が求められる。もとより、洋の東西を問わず人類最大の問いとして長い間議論がなされ、いまだ誰もその答えを知らない「大いなる何か」の正体。しかし、その正体がわからなくとも、ただ「私たちは、良きことを為すために導かれている」ということを深く信じることで、想像を遙かに超える不思議なことが起きる。その真実を伝えることは、私の使命だと考えている。
 新刊『すべては導かれている 逆境を越え、人生を拓く 五つの覚悟』では、禅寺での出来事から始まる不思議な体験の数々と、そこから得た、ただひとつの大切なことを書き記した。
 私たちすべての中に、困難を乗り越える不思議な力と叡智が眠っていることを、混乱の一年を締めくくるこの時期に知っていただけたら、私のささやかな覚悟も報われる。

田坂広志 たさか・ひろし 1951年生まれ。74年東京大学工学部卒業、81年同大大学院修了。工学博士(原子力工学)。 現在、多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表。人生論、仕事論、経営論を中心に国内外で80冊余りの著書がある。海外でも旺盛な出版と講演の活動を行っている。

Book Bang編集部
2017年12月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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