沈む国を救うのは女の強さか『リバースエッジ 大川端探偵社』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第81回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

浅草を舞台にした粋な人情ハードボイルド
『リバースエッジ 大川端探偵社』作:ひじかた憂峰 画:たなか亜希夫

 先週に続き、1月に亡くなった狩撫麻礼を偲んで、作品を紹介しようと思う。ひじかた憂峰名義で書かれた『リバースエッジ 大川端探偵社』である。松田優作主演の映画にもなった『ア・ホーマンス』や名作の誉れも高い『迷走王 ボーダー』などで狩撫麻礼とコンビを組んだ、たなか亜希夫がマンガを担当。あいかわらず息のあったところを見せている。連載は『週刊漫画ゴラク』で2007年12月からスタート。2014年にはテレビ東京がオダギリジョー主演でテレビドラマ化。単行本最新刊が出たのが昨年11月なので、文字通りの遺作ということになる。

 ***

 舞台になるのは浅草。大川(隅田川)沿いにある昭和の香りがする古いビルの1室に事務所を構えるのが大川端探偵社だ。スタッフは所長も含めて3人。
 スキンヘッドの所長は見た目はこわいものの、実は人情家。過去についてはほとんど語らないが、昔からこの稼業を続けているらしい。推定年齢は団塊の世代。浅草界隈を中心に裏の世界にもネットワークを持つ。協力者はヤクザの親分、ホームレスの元締め、変態性欲の現職刑事、エステ嬢、タクシー運転手、その他もろもろと幅広い。所長いわく「優秀な調査員」の村木タケシは、酒には強いが、今風のファッション店などは苦手。話を聞き出すテクニックがすごい。紅一点のメグミは美人受付兼事務員。さっぱりとした物怖じしない性格。所長や村木をいじることもしばしば。

 事務所に持ち込まれる事件は、殺人や盗難のような物々しい事件ではない。ほとんどが人探し。ただし、ちょっと変わった人探しだ。
 呆けた母親が少女時代に近所で見かけたというエルビス・プレスリーそっくりの蕎麦屋を探してくれとか、高度成長期に活躍した伝説のエロ事師を探してくれとか、遊園地のアナウンスの声の主に会わせてくれ、とか。たまに、都市伝説を解明するような依頼もある。
 浮気調査や身上調査など人の人生を左右するような依頼は原則としてNG。原則を破るかどうかは、所長の眼力で決まる。また、調査結果によっては、依頼人の夢を壊さないため、あえて嘘の報告をすることもある。人情ハードボイルドとでも呼んだらいいのか?
 依頼人は口コミや紹介の他に、大川を走る遊覧船から見えている探偵社の大きな看板に惹かれてくる人もいて、なかなかの繁盛。依頼人たちの奇妙な願いに、所長や村木が独自の調査で応えていくという1話完結式になっている。

 作品の根底を流れるのは、地位やお金や、効率が優先される現代社会へのアンチテーゼだ。古き良き東京・下町の味わいが残る浅草が舞台になるのもそのためだろう。
 連載が始まった2007年は、「消えた年金」が社会問題になった年。春にはアメリカの「サブプライムローン」の破綻でニューヨーク市場の株価が暴落。日本も大きな影響を受けた。大手食品メーカーや老舗料亭で食品偽装が発覚し、政治の世界では、与党幹部の不祥事が続き、疑惑を追求された松岡農水大臣が自殺。参議院選挙で敗北した自民党は安部総理が引責辞任。世の中はまさに迷走状態だった。
 ちょうど還暦を迎えた作者は、同世代の所長を通して、「日本は漂流している。このままでは日本は沈没しかねない」となんども訴えている。世の中を救うのは人と人のつながりであり、信頼であり、情であることがひとつひとつのエピソードから伝わってくる。そして、もうひとつが、女たちの強さだ。

 こんなエピソードがある。
 ある日、大川端探偵社にしては珍しくお見合い相手の調査を引き受けることになる。依頼人は、引きこもりの息子を持つ母と祖母。相手はフラワーショップの女性店員だった。ふたりは彼女の笑顔に惚れ込んだのだ。調査を続けた村木は店にいる彼女の花のような笑顔と普段の顔とのギャップが気になりはじめる。見合いを承知させるため所長が彼女に直接会うと、彼女は自分のことを、就活に失敗して花屋でアルバイトをしているオチコボレだと嘆く。笑顔はあくまでも営業スマイルだったのだ。それでも、彼女は「会うだけなら」と応じたが……。
 仕事を終え、見合いを成功させたとき、浅草の行きつけのバー「KURONEKO」で、「あの女の“打算”でしょうか」と問う村木に所長はこんなことを言う。
「漂流どころかやがて沈没しかねねえこの国の現状だがな 俺はあの“花売り娘”にサバイバル時代に生きる ある“素直さ”を感じたのさ 世の中変化していくことを認めたくなってきた」(第5巻「サバイバル花売り娘」より)
 世の中を変えるのは女だ。男に任せるのは限界だ。読み終わって、そんな気さえしてきたのだった。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

電子書店「eBookJapan」のご案内

株式会社イーブックイニシアティブジャパンが2000年より運営する老舗電子書店。人気絶頂の作品はもちろん、後世に残すべき希少価値の高い作品を取り扱い、特にマンガの品揃えが充実している点が多くの「本好き」に評価されている。スマホやタブレット、パソコンなど対応端末は幅広く、読書アプリだけでなくブラウザ上でも読める。