なぜ「今さら」震災本なのか? 被災者が語りはじめるのは、むしろこれからだ

こんな本を読んできた

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目の前に起きた現実をどう受け止めて、記事にしたらいいのかわからずに立ちすくんでしまう。2011年3月20日、岩手県宮古市の田老地区でのことです。当時、僕は毎日新聞記者として「どうしても現場を取材したい」から現地に派遣してくれと上司をせっついていました。

自分で志願して、現地にいったのにも関わらず、町のすべてが津波に流されてしまった、あのときの光景を伝える言葉がでてこなかったのです。

水に浸かり、泥だらけになったアルバムの中から、写真を取り出して、家の塀の土台に一枚、一枚、泥をはたきながら乾かしている女性がいました。流された町の中から、家族の大切な思い出を見つけ出そうとしている。その姿はとても大切なことを伝えているように思えたのですが、うまく新聞記事にすることができませんでした。

新聞はどうしても、枠のなかに収めないといけません。枠に収めようと人を描くと、どうしても「苦しむ被災者」「かわいそうな人たち」という要素が入り込んできます。そのほうがわかりやすい文脈で書けるからです。

でも、現場にあるのは「わかりやすい現実」ばかりではありません。もっと一人、一人の人生に接近にしないと紋切り型のニュースばかりを流していくだけになるのではないか、と思っていたのです。

では、どのように描いたらいいのか。僕が熱心に読み返したのは沢木耕太郎さんの『彼らの流儀』という作品でした。これは沢木さんが朝日新聞に連載していた33編のコラムをまとめたものです。

ここでいうコラム、というのは書き手の主観を押し出した身辺雑記ではありません。沢木さんが定義するコラムとは「『発光体は外部にあり、書き手はその光を感知するにすぎない』ことを強く意識した文章」です。

沢木さんはあくまで、光を感知している存在であり、主役はどこかで生活を営んでいる市井の人たちです。沢木さんは普通に生活している人の、一瞬のきらめきがあらわれるシーンを切り取ってコラムに仕立てるのです。

たとえば、「宝くじ」を当たったらという誰もが抱く夢を抱いている男性を描いた「もしも宝くじに当たったら」。彼はペットショップを経営している。ある日、彼は横断歩道を渡る盲学校の生徒たちを見かける。もし、自分が宝くじに当たったら、彼らの手をひく手伝いをしてみたいと思う。そんなことを思う自分にびっくりしながら、彼は考えるのです。いや、宝くじに当たらなくても、ボランティアはできるのではないか……。

最初に読んだのは、大学生のときでしたが、記者経験を重ねれば重ねるほど、宝くじを入り口に、ボランティアに興味を持っていく心境の変化を鮮やかに文章に落とし込んでいく手腕に圧倒されるのです。

有名な人の話は、ドラマになりやすい。劇的な場面ばかり溢れているからです。本当に難しいのは、「普通の人のありふれた一瞬」を切り取り、描くことにあります。

震災や原発事故をテーマにしたノンフィクションはこれまでいくつも出版されてきました。そのなかには、未曾有の大災害、事故を取材している書き手自身が「発光体」となってしまったものが多くあると思ってきました。取材される人たちの言葉は書き手の主張のためのダシに過ぎず、わかりやすい主張のなかに配置されるエピソードになる。

そうではないものを書きたい、と思ってきました。新聞では書けなかったものを書きたい。インターネットメディアに転じてもからも、2011年のことが忘れられず、取材を続けてきました。

放射線汚染マップを作った兼業農家、原発事故からの避難生活からいち早く故郷の村に帰還した老夫婦、小学校教員の父の死の意味を探しつづける息子、津波で亡くした娘に手紙を書く父、東電の元社員、東大の物理学者――。

取材を重ね、あの日から人生が一変してきた「彼らの生き方」に接近したノンフィクションが『リスクと生きる、死者と生きる』です。

僕がこの本で描きたかったのは、「困難に陥ったとき、人は困難にどう向き合い、生きていこうとするのか」ということでした。当然、生き方は一人、一人違う。彼らの心はものすごく揺れ動き、葛藤を抱えながら、それでも生きていこうとする。その姿は「被災者」「避難者」といった表面的な言葉で括ることができないものです。

メディア上には震災から7年という言葉が多くでてきます。人によっては7年「も」前のことになってしまったかもしれません。しかし、7年たたないと出てこない言葉、もっと先じゃないと語れないこともあります。

語れる人たちの後ろには、まだ語れない思いを抱えている人たちがたくさんいる。そんなことを思いながら、この本を読んでくれもらえると嬉しいです。

Book Bang編集部
2018年3月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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