時代をこえて心に響く「少し不思議」な短編『藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第86回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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マンガ界の星新一を読む
『藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>』藤子・F・不二雄

 春休み恒例の『映画ドラえもん』最新作「のび太の宝島」を観てきた。平日だったこともあるが、大人だけのカップルやグループが多くて、これには驚いた。しかも、みんな作品世界にのめり込んでいるらしく、面白い場面では笑いが、そして、感動できる場面ではすすり泣きが聞こえたりもする。第1作の「のび太の恐竜」が公開されたのが1980年だから、当時小学生だった人は40代半ば。つまり、ずっと観続けている大人のファンが多いのだ、と気づいてちょっと嬉しくなった。
 今回は主題歌を星野源が担当しているのだけど、歌詞の中に出てくる「少しだけ不思議」というフレーズは、原作者の藤子・F・不二雄が「SF」を語るときに好んで使ったもの。サイエンス・フィクションじゃなく、SUKOSHI FUSHIGIの頭文字をとったのが、藤子版SFというわけなのだ。

 今回紹介する『藤子・F・不二雄SF短編集<PERFECT版>』は、1968年から亡くなる前年の95年までに、藤子が描いた「少し不思議な短編」112タイトルを網羅した文字通りの完全版だ。
 内容もディストピアもの、ハルマゲドンものといった本格SF作品から、人生の岐路を描いたファンタジックな作品、平凡な日常の中に起きる怪異や異変をコミカルに描く作品までと幅広い。各作品のレベルの高さから、マンガ界の星新一、と評する人がいるのも頷ける粒ぞろいの作品群だ。
 112作全部を紹介するのはさすがに無理なので、今回は私の個人的ベスト5を紹介することにしたい。

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 第5位は第1巻収録の「劇画・オバQ」。代表作『オバケのQ太郎』の15年後を描いた作品。オバケの世界に戻ったQ太郎が、再び地上に戻ってくると、かつての友達の正太やハカセ、ゴジラ、ヨッチャンはみんな大人になっていた。あの日のままのQ太郎を交えて一同は久々の再会に祝杯をあげたが……。リアルタイムで読んだのは高校卒業直前だった。泣けて泣けて、最後のコマはちゃんと見ることもできなかったのを覚えている。
 第4位は、第6巻収録の「街がいた!」ドライブの途中、山の中でガス欠になり立ち往生した主人公たちは、立ち入り禁止エリアに入り込んでしまう。そこには巨大な街があったが……。このマンガでは登場人物たちに名前が無い。それは、タイトル通り本当の主人公が街だから。そこをわかって読むと怖さが倍加される。

 第3位は、第7巻収録の「ある日……」。アマチュア映画のサークルで上映会が行われる。4人のメンバーそれぞれが腕を振るった作品を持ち寄ったのだ。最後に順番が回ってきた男の作品は、平凡な日常を写しただけの作品で、みんなはがっかりするが……。個人的には、これまで読んできたどんなハルマゲドンテーマのSFよりも優れた作品。
 第2位は、第2巻収録の「ノスタル爺」。主人公は、太平洋戦争中にジャングルで行方不明になり30年ぶりに発見されて故郷の村に戻ってきた男。村はダムの底に沈んで住民も散り散りに。出征直前に結婚した妻・里子は男の帰りを待ちながら、亡くなっていた。出迎えた知人から、妻にとっての心残りは、男の忘れ形見を得ることができなかったこと、と聞かされた彼の足は、いつの間に懐かしい村があった方向へと導かれていく。そこで彼が出会ったのは?
 モデルは終戦から29年を経て、フィリピンのルバング島で発見された元日本兵・小野田寛郎さんだが、見事なまでに純粋な愛の物語に昇華されているのに驚かされる。

 第1位は、さんざ迷った末に決めた。第3巻に収録の「おれ、夕子」である。主人公「おれ」はある朝目覚めると、自分が1週間前に亡くなったクラスメート「夕子」のペンダントをして寝ていたことに気づく。もちろん、記憶にはない。不思議に思いながらも、ペンダントを返すために夕子の家を訪ねると、夕子の父でかつては大学の研究室で将来を嘱望されていたという科学者が現れ、「おれ」の顔をじっと見つめる。そして、数日後にもう一度夕子の家を訪ねると……。
 DNAをテーマにした作品としては最高傑作と言ってもいい。そして、結末はあまりにも切ない。

 学生時代に好きだった藤子SFは、アイロニーの効いたペシミスティックな作品が多かったはずだが、今回読み直してみると、人の情愛を描いたセンチメンタルな作品に嗜好が移っていることに気づいた。
 読者の年齢や暮らしている環境、世の中の動きなどによって、心揺さぶられる作品が変わってくることこそ藤子SFの優れたところなのかもしれない。ぜひ、あなただけのベスト作品を見つけてもらいたい。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年3月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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