『暗闇にレンズ』
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娯楽になる一方、戦争の道具にも 映像の歴史を女性の視点から洗い直す
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
高山羽根子の書き下ろし長篇『暗闇にレンズ』は、映画と映像と戦争にまつわる歴史を虚実こもごもに描いた偽史ものにして、百二十余年にも及ぶその時間をレンズを覗くことで駆け抜けた女性たちの物語だ。
街中に設置された監視カメラをかいくぐり、携帯端末の小さなレンズで世界を切り取って、その動画をポータルサイトにアップしている女子高生の〈私〉と彼女の物語「SideA」が現代の物語なら、「SideB」の物語の時間軸は長い。
まず登場するのは、一八九八年、横浜の娼館・夢幻楼の女将である母に厳しく育てられている少女・照(てる)。彼女は長じて科学と機械学を修め、単身、パリの撮影スタジオで働くことになる。その照が幼なじみと結婚し、引き取って育てることになるのが夢幻楼の娼妓の遺児・未知江。非常に無口で変わっているため学校には行かず、自宅で照から教育を授けられた彼女は、やがて語学力を買われ、記録映画を製作する撮影所に入り、世界各地を飛び回ることになる。
その未知江がドイツ人男性と結婚し、男女の双子を出産。幼い頃の未知江とそっくりな女児・ひかりが主人公の座を引き継いでいく。成長した彼女はアメリカ最大のアニメーションスタジオで映像技術を学び、そこでアジア系アメリカ人のユンと知り合って、後年、二人は独立の機運高まるベトナムはサイゴン(当時)で再会。結婚し、ひかりの兄の遺児・ルミと三人暮らすようになる。
このBの物語には、映像が兵器として使用されるようになった十九世紀末から現代へと至る戦争偽史のエピソードも挿入。やがて合流するAとBの物語に深く関与していくのだ。教育や娯楽のためになる一方で、戦争や弾圧の道具としても用いられてきた映像の歴史を、主に女性の視点から洗い直す。SF出身にして優れた純文学に与えられる芥川賞も受賞した、高山羽根子の真骨頂が味わえる超絶面白ジャンル混淆小説だ。