マンガやアニメを科学する大人気シリーズ第4弾! 柳田理科雄『空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!』試し読み

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どれだけ泣いたら、枕が浮く?

 それにしてもこの光源氏、何が悲しくて、枕が浮くほどの涙を流したのだろうか。

 このエピソードが書かれているのは「須磨(すま)」の帖(じょう)。道ならぬ恋が発覚して(何度目なんだ!?)、都を逃れた源氏は須磨(現在の兵庫県)に隠れ住む。そこでは仕える人も少なく、その人たちも寝静まった深夜、波の音を聞いているうちに悲しみが募って泣いた……ということらしい。

 うーむ。何か事件があって泣いたわけでもなく、どうやら都に思いを馳せて感傷的になったみたいなんだけど、そもそもモノスゴク自業自得な気がしますなあ。

 日本を代表する古典の主人公を、貶(けな)している場合ではない。まずはどんな枕だったのかを知りたいが、『源氏物語』の世界を絵にした『源氏物語絵巻』には、木の枕が描かれているという。なるほど、寝心地はともかく、木の枕なら水に浮くであろう。調べてみたところ、木の枕は奈良時代から使われ、素材は桐(きり)や檜葉(ひば)だったという。

 乾燥した桐の密度は、水の0.25倍。檜葉は0.4倍。すると、枕が直方体だったとすれば、桐なら枕の高さの25%、檜葉なら40%の深さ以上に涙が溜まれば浮かぶことになる。ここでは、涙の量が少なくて済む桐で考えよう。

 問題は枕の高さだが、筆者が本を重ねて寝やすい高さを作ってみたところ10cmだった。源氏の枕も高さ10 cmだとすると、彼の涙は最低でも10 cmの25%、つまり2.5 cmの深さまで溜まったことになる。

 その場合、涙の総量はどれほどか? それは彼の寝ていた部屋の広さによって変わってくるが、源氏は高貴な方だから、隠棲(いんせい)先の仮住まいもかなりの広さがあったのではないだろうか。現在の規格で8畳とか、12畳とか……?

 あんまり広いと、涙の量が莫大になってしまうので、ここは8畳で手を打とう。もちろん、床に隙間がなく、部屋が敷居などで囲まれていて涙が溜まりやすかったと考える(木造建築だと考えにくいが、とりあえずそう考える)。

 現在の1畳は1.656平方メートル。すると8畳で13.2平方メートル。ここに2.5 cmの深さまで溜まった涙の量は、なんと330L。家庭用の標準的な浴槽の1.6倍である!


柳田理科雄『空想科学読本 「高い高い」で宇宙まで!』(角川文庫)より引用

柳田 理科雄(やなぎた りかお)
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。学習塾の講師を経て、96年『空想科学読本』を上梓。99年、空想科学研究所を設立し、マンガやアニメや特撮などの世界を科学的に研究する試みを続けている。

KADOKAWA カドブン
2023年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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