『すばる』のトランスジェンダー特集がぬるすぎる

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『すばる』8月号が「トランスジェンダーの物語」と題した特集を組んでいる。

 同誌には、2016年8月号でいち早くLGBTを特集した経緯がある。海外の事情を文学作品を通して紹介した、文芸誌としては先進的な取り組みだった。

 その後も折に触れ、フェミニズム関連の記事や特集を載せてきたし、トランスジェンダー当事者の私小説と思しき作品(榎本櫻湖「猫煩悩」2021年7月号)を掲載したこともある。

 LGBT理解増進法をめぐり国会が混迷を極め、国民のあいだに不安と分断を走らせたのはつい先月のことだ。その混乱が収まらぬ中、台風の眼であるトランスジェンダーを、昨今の形容で言えば「意識高い」文芸誌が特集したわけだ。

 ところがこれが、ぬるい。

 構成は、小説が5作、エッセイが4作。エッセイ寄稿者のうちの2人による『トランスジェンダー入門』という共著が、同じ版元の新書として出るところだったから、その販促のための特集という意味合いが大きいのだろう。

 それにしてもLGBT理解増進法という動乱を経た後だというのに、説かれる事柄に変わりがなさすぎる。

 高井ゆと里は、エッセイ「トランスジェンダーの定義を知りたいあなたへ」で、「定義」を問う人たちは、トランスジェンダーの「存在を抹消したいという隠しきれない欲望のゆえに、いつまでも「定義」を求め続け」るのだという定型化した断定を繰り返す。

 倉田タカシが近未来SFの体の小説「パッチワークの群島」に躊躇なく書きつけている「シス女性の差別者」も「定義を問う人」とほぼ同義だし、理解増進法の前後では、疑問や批判を「宗教右派の影響による差別」と十把一絡げに決めつけるのがマスコミまであげてのトレンドだった。

『文藝春秋』8月号への寄稿「リベラルによるリベラル批判」で斎藤貴男が、「怖がると「宗教右派」呼ばわりされるというエピソードも強烈だ」と呆れていたが、「トランスの人びとが多様」(高井)ならば、急進的な権利運動や法制化に対する懸念もまた多様だろう。「物語」の多様さを損ねているのはどちらか。

新潮社 週刊新潮
2023年7月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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