『DJヒロヒト』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
<書評>『DJヒロヒト』高橋源一郎 著
[レビュアー] 武田砂鉄(フリーライター)
◆虚実のリミックスで紡ぐ昭和
今、昔の話をする。それを聞き、書き留める。では、そこに紡がれた話は、一体、いつの話なのだろうか。歴史を語る。それを聞く。やがて、聞いたものを語り出す。歴史は混ざる。かつての話なのに、今と混ざる。成長していく。
「ラジオハナニガ起コルカワカラナイ場所ナンダ」と語り始める謎のDJヒロヒトは、かつての戦争を知っている。どう振り返ればいいのか、まだ迷いがある。昭和を読み解きながら、その傍らには常に文学がある。DJはなんでもかんでも放り込んでごった煮にする。最近の言葉でいえば、リミックスってやつだ。
「みなさんに覚えておいてもらいたいのは、ほんとうに重要なことは『見えない』ということです。ガス室で死んだ小さな少年がなにを感じたのかは永遠にわかりません」
戦争責任は誰がどのようにとるべきか。そもそも、責任とは何か。責任をとれば、その歴史はもう論じるべきではないと閉じられてしまうのか。見えないものがあるとして、見えないようにさせている存在がいたのではないか。
この小説には、無数の人物が登場する。教科書の順番通りには出てこない。なんたってリミックスだ。たとえば、「極秘裏に、金子フミコの獄中手記のコピーがヒロヒトの下に届けられた」なんて具合。混ざるとどうなるのか。どうにでもなる。どこまでも動く。600ページを超える大作の流れに身をまかせる。
かつての戦争は、ラジオからの声によって終わりが告げられた。終わったが、そこから動き出した、でもある。
「聴くということは、なんと素晴らしいことでしょうか。確かに、時空間が若干歪んで、過去・現在・未来の放送が入り交じり、そればかりか現実と虚構も入り交じり、混乱しているとしても、なにより、音楽と声さえあれば、われわれは生きていける、きっとずっともっと」
本書は、話すことと書くことの融合だ。史実と現在のぶつかり合い、事実と虚構のせめぎ合いでもある。なんだそれ、と戸惑いながら、本書に巻き込まれてほしい。
(新潮社・4180円)
1951年生まれ。小説家。『日本文学盛衰史』『恋する原発』など多数。
◆もう一冊
『高橋源一郎の飛ぶ教室 はじまりのことば』高橋源一郎著(岩波新書)