[本の森 歴史・時代]『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』知野みさき/『やっとうの神と新米剣客』西本雄治

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落ちぬ椿

『落ちぬ椿』

著者
知野みさき [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334773281
発売日
2016/07/12
価格
726円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

やっとうの神と新米剣客

『やっとうの神と新米剣客』

著者
西本雄治 [著]/眼福ユウコ [イラスト]
出版社
白泉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784592831372
発売日
2016/07/05
価格
781円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』知野みさき/『やっとうの神と新米剣客』西本雄治

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 物事が発展していくには、新しい力と感覚が必要とされる。停滞の先に発展を見出すために、これまでとこれからの融合が必須だろう。停滞期を迎えている感のある時代小説界にもそれが言える。今月は、そんな時に颯爽と現れた二人の新たな書き手を紹介させていただきたい。

 まずは、第4回角川春樹小説賞を受賞した知野みさきが描いた女職人の物語『落ちぬ椿 上絵師律の似面絵帖』(光文社時代小説文庫)から。

 辻斬りで母を亡くした主人公・律。上絵師職人であった父も、職人としての仕事を全うできないことによる失意の中に亡くなった。両親との相次ぐ別れの悲しみと苦しみを乗り越え、遺された幼い弟のため、父の跡を継ぎ上絵師として一人立ちすることを目指す。上絵師とは、布地に絵や家紋を描く職人である。父の仕事の手伝いをしながら上絵を身に付けた律だったが、まだまだ未熟で職人として認められるまでに至っていない。そんな律を見守る町の住人たちの温かさと厳しさが、職人としての心構えを教える呉服屋池見屋の類の姿に象徴されている。同情や甘やかしではなく、男女という性別でもない。本書の大切なメッセージがここに込められている。

 上絵師の仕事だけでは食べて行けない律に、馴染みの同心から似面絵を描く仕事が舞い込む。自らの画力が人の役に立つならと引き受けて描いた似面絵が、様々な事件を解決に導き人の縁を繋ぐ。そこに職人として生きる覚悟と、慕い続けてきた幼馴染みへの想いの狭間で揺れ動く律の心情が、見事に絡み合ってゆく。上絵師律の成長を多くの読者とともに見守っていきたい。

 続いては、第1回白泉社招き猫文庫時代小説新人賞の大賞を受賞した西本雄治の『やっとうの神と新米剣客』(白泉社)。

 祖父が創始者である七条流を受け継ぎ、修行の旅を終え江戸に戻ってきた17歳の剣客・瀬川俊一郎は、小さな社で剣術を司る「やっとうの神」と名乗る少女鈴と出会う。そして、社を壊そうとしていた侍たちを退治した恩を返すのだと言う鈴との二人暮らしが始まる。実家の道場を受け継ぎ、新たに道場主として剣の道を極めたい俊一郎は、父親から言い渡されたある課題を解決しなければならなかった。剣術には精通するも、人生経験と指導者としての経験の少なさが壁となり、俊一郎の剣の道には暗雲が立ち込めていた。そんな中、将軍暗殺を企む戦神(いくさがみ)・威風に対峙することになる。そこで明かされてゆく本来の鈴の姿と想いに、俊一郎は己の剣への想いを重ねてゆく。己が信じてきた道、己が切り開こうとしている道。その道は一つではなく、その場所へ向かう過程において、幾度も立ち止まり振り返り己を探すことで辿り着くことができるのだと気づいてゆく。それは、人のみにあらず神においても。人と神を描くことで、普遍性を訴えたかったのだろう。新しい角度から描かれた剣豪小説、ぜひご一読いただきたい。

新潮社 小説新潮
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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