食の「覆面調査員」がジャッジ、彼女の舌が見抜く「嘘」とは――〈「星をつける」ことを生業とするヒロインのお仕事小説〉

レビュー

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星をつける女

『星をつける女』

著者
原 宏一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041046456
発売日
2017/01/28
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

食の覆面調査員がジャッジするのは

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

「ミシュランガイド」がフランスから日本に上陸したのは、二〇〇七年一一月。その少し前の二〇〇五年三月に、「食べログ」がサービスを開始した。この二つの新興メディアに限らず、ものを食うで終わらずにものを言う、「星をつける者ども」の存在が、日本の食文化にさまざまな影響を与えてきたことは間違いない。食小説の雄として知られる原宏一は、この者どもの存在を幾度となく作中で採り上げてきた。例えば、料理の情報屋を主人公にした『ヤッさん』シリーズや、寿司職人のなりあがり一代記『握る男』で。ある時は「星を売る」者の邪悪が描かれ、またある時は「星を買う」料理人の悪徳が暴かれた。その過程できっと、作家は新たな視座を手に入れたのだ。「星をつける」行為がポジティブな意味を持ち、料理人たちにイノベーションを引き起こす、そんなドラマは起こり得ないのだろうか、と。

 最新作『星をつける女』は、「星をつける」ことを生業とするヒロインのお仕事小説だ。フランス人とのハーフの娘と東京で暮らすシングルマザー・牧村紗英は、飲食ビジネスを狙う投資家たちから依頼を受け、特定の飲食店や飲食チェーンを覆面調査して星をつける。登場時の紹介文で、一気にワクワクさせられる。「調査対象のメニューや味、品質はもちろん、サービス、店舗オペレーション、さらには経営倫理に至るまで、包括的に調べ上げて格付け評価をする。いわばグルメ評論家と市場調査員と信用調査員を兼ねたような立ち位置で報酬を得ている」。ひとりきりの会社名は、「牧村紗英イート&リサーチ」。

 紗英は以前、「世界的な食の格付け本を発行する会社」で世界中の飲食店を覆面調査して歩いていた。フリーになった彼女がおこなうのは、前職では望みながらも叶わなかった、丁寧で徹底的な調査だ。第一話「メゾン・ド・カミキ」では、一人四万円の高級フレンチへ、採算度外視で何度も足を運ぶ。身バレしてしまわないよう服装や装飾品に愛人っぽい風情を漂わせ、大学時代の先輩で小劇団の役者兼脚本家の真山幸太郎をパパ役に仕立て上げてまで。第二話「麺屋勝秀」では、都内で急速に出店数を増やしているラーメンチェーン店を調査するべく、一日四軒ペースで麺をすすりまくる。食に対する造詣の深さと鍛え上げられた味覚が、店の素顔を白日のもとに晒す。そのプロフェッショナリズムと旺盛な食べっぷり、実に気持ちいい。「昨日の敵は今日の友」的な、仲間集めの趣向も楽しい。

 紗英の仕事描写はリアリティに満ちているがひとつだけ、エンターテインメントのマジックが振りかけられている。紗英は星の数を確定させるために、証拠固めの調査をおこなう。相棒の真山はその仕事ぶりを見て言う、「まるで探偵か犯罪捜査官だな」。そう、実は本作は、食の現場を舞台にしたミステリーでもあるのだ。しかも、社会派だ。食材偽装問題、やりがい搾取のブラック企業化、家族経営の闇……。本作は、三人称多視点が採用されている。紗英の視点と共に、ジャッジされる料理人の視点も登場させることで、「バレる・バレない」のサスペンスが狂熱を帯びている。

 最終第三話「白浜温泉 紀州ノ庵」では、料理に特化した宿というコンセプトを持つ高級旅館に潜入する。そこにおいて必ず、気付かされることになるだろう。三編はいずれも、「自分は間違っている、と気が付いたらどうするか?」の決断のドラマだということを。大事なことは、自分の直感やちょっとした違和感をスルーしないこと。そして、ひとたび気が付いたならば、よくよく吟味したうえで、声をあげて行動する勇気を持つこと。「もしあなたが、あなたの人生を〝星つき〟にしたいと願っているなら、四の五の言わずにあなたの行動で示すしかないじゃないですか」。第一話で放たれた紗英の言葉が、第二話、第三話でもこだましていった。そのこだまは、読み終えた今も、胸の中で心地よく鳴り続けている。最後に一言。続刊希望!

KADOKAWA 本の旅人
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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