誰と一緒にいたか。「いたい」のか――自分で自分にかけてしまった呪いの解き方とは

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アリハラせんぱいと救えないやっかいさん

『アリハラせんぱいと救えないやっかいさん』

著者
阿川 せんり [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041047590
発売日
2017/02/02
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

誰と一緒にいたか。「いたい」のか。

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 冲方丁、辻村深月、森見登美彦の選考委員三氏全員から支持を集め、『厭世マニュアル』で第六回(二〇一五年度)野性時代フロンティア文学賞を受賞した、阿川せんりの第二作がついに届けられた。タイトルは、『アリハラせんぱいと救えないやっかいさん』。デビュー作のヒロインは、常にマスクを着用しなければ落ち着いて日常生活を営めない、そのことを知る周囲は困惑しつつも手を差し伸べようとするという、彼女自身が「やっかい」そのものの存在だったが、第二作のヒロインは本人いわく「普通の人間」だ。……本当に?

 北の大地で生まれ育ったコドリタキは、高校時代に通っていた予備校の講師が放った「偏差値の高さと人種の多様さは比例する」という言葉に反応し、北海道大学への進学を決めた。講師の言葉は「もし今いじめられてどうにもならなくなっているのなら、上位校へ行きなさい。君がどれだけ変な奴であっても、受け入れてもらえるはずだから」と続いていたが、コドリの中ではいじめ絡みの理屈はスルー。「わたし、北大行きます——真の変人と出会わんがためにっ」。実は彼女は、人生を懸けて「真の変人」との出会いを求める、求道者だった。

 大学二年生になった彼女は、数人の候補者と出会っている。小説の中で登場する順番はバラバラだが、一人目はゆるふわ映画サークルで一緒になった、一学年上のマイ先輩(一言ポイントは、極度の偏食家)。二人目は図書館でばったり出くわした、同学年のミレイさん(一言ポイントは、愛読書が『完全自殺マニュアル』)。コドリのジャッジによれば、「(真の)変人」と「やっかいさん」はまったく違う。「やっかいさん」は結局のところ、他人の目を気にしている。他人とは違う私、という個性の獲得の仕方は「変人」失格なのだ。

 物語の前半は、コドリがマイ先輩とミレイさんのことを、いかにして「やっかいさん」認定したかについて語られるのだが……語る相手は、最新の候補者であるアリハラせんぱい(女性です)だ。初対面でコドリにいきなりキスをして、「こういうことだから、帰ってくれないかなぁ?」とストーカー化したミレイさんを恋人演技で追い払った。その他もろもろキテレツな言動を繰り返す彼女は、果たして「やっかいさん」か「変人」か?

 卒論で「変人研究」的なことをしているからサンプルが欲しいと言って、コドリにマイ先輩やミレイさんを呼び出させる、アリハラせんぱいの豪腕っぷりに振り回されるのが楽しい。なぜだか四人で札幌のデートスポットを巡る、純情愛情異常な日々の描写は、ちゃんと青春だ。青春とは、なぜだか分からないけれど一緒にいる奴らとの、無益で非生産的な日々のことだから。

 だが、物語の後半で空気ががらっと変わる。そもそもなぜコドリは、真の変人を探し求めているのか? なぜ「やっかいさん」のことを、異様に毛嫌いしているのか。前半部でペンディングされていたそれらの謎が、意外なかたちで、主人公と、読者の眼前とに突き付けられる。そして、本当の物語が始まる。コドリタキという主人公の、彼女自身の物語が。

 この物語が、全二七二ページをかけて彼女に発見させているのは、アイデンティティ——自己同一性という言葉でイメージされるものではない。他者に対して自分に対して、「○○でなければいけない」という思考を働かせる、自分で自分にかけてしまった呪いの存在だ。その呪いの解き方は、実にシンプルだ。その呪いの存在に、ちゃんと自分で気づくこと。

 振り返ってみればアリハラせんぱいとの初対面のキスが、すべての始まりだった。いや、それが「すべての始まり」だと感じさせるように、ダイナミックに動いていた物語は最後の最後、綺麗な着地の軌道を描く。自分は誰か、ではなくて、誰と一緒にいたか。そして、誰と一緒に「いたい」のか。主人公のもやもやぐるぐるした自意識にシンクロしながら、ずっと自分自身のことを考えていた。

KADOKAWA 本の旅人
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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